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日本の革新力を弱めている背景には、「突拍子もない挑戦」がしにくい国全体の環境がある。ここには、企業の萎縮から世間の同調圧力、研究現場の体質まで複合的な要因が絡む。イノベーションを阻害する「変なことしてはいけない」症候群を治療する方法はあるのか。

 「日本の研究の質は高く、なぜもっとノーベル賞を受賞していないのが不思議だ」。これは、20世紀最大の発見ともいわれるDNA構造の解明によって1962年にノーベル生理学・医学賞を受賞した分子生物学者ジェームズ・ワトソン氏の言葉だ。

「若手研究者に権限与えず」

 DNAは、二重らせんの骨格の中に、遺伝暗号となるアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4種類の塩基があり、原則として2種の塩基が対になっている。

 今では教科書でもおなじみとなったこの構造を2人の共同研究者と共に突き止めたワトソン氏が、日本の科学技術の未来について語ったのは2015年秋。メディアの取材に冒頭の感想を述べたワトソン氏は、その理由として以下の私見を続けた。

 「若手研究者に自由な権限が与えられず、意思決定に時間がかかっているのではないか」

 ワトソン氏自身は、まさに“自由で破天荒な研究者”だった。米国で生まれ、幼少期から成績優秀。15歳でシカゴ大学に入り、22歳で博士号を取得した。らせん構造を解明したのも25歳の時だ。

 1950年代、生物学界において「その分子構造こそが遺伝現象の解明の鍵である」とこだわり、研究に没頭。仲間と話しながら実験用の模型部品を触っていたある時、その構造を「稲妻のごとくひらめいた」とされる。授賞理由となった英ネイチャー誌の論文も、1000語に満たない短文だった。

 一方、著書などを通じ、情報やデータの盗み見や成果をライバルに開示しないといった姑息(こそく)な手段が横行していると研究界全体を攻撃。自らを“風変わりな例外”と呼び、2007年には人種差別を巡る不用意な発言で要職を追われている。その後は経済的に困窮し、14年には受賞したノーベル賞のメダルが競売にかけられたことが話題になった。

 良い悪いは別にして、人とは違う“変わったこと”をし続けた研究者。そんなワトソン氏だからこそ、人類の遺伝子解析への道を切り開くという規格外の成果を打ち出せたのかもしれない。

 今の日本にこんなユニークな研究者が次々と育つ土壌があるかといえば、恐らくない。

 「イノベーションとは『とんでもない』と思うようなことから始まるもの。革新を起こしたければ、『ばかげた挑戦』をやりやすくする環境整備をすべきなのに、今の産業界はそれをしてはいけない仕組みになっている」

 現在の日本と企業の科学技術への取り組みに対してこんな見解を持つ大物研究者がいる。がん免疫治療薬「オプジーボ」につながる研究で、18年にノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の本庶佑特別教授だ。

2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑氏。「日本全体として挑戦への意欲が失われている」と話す(写真=左:中西 真誠、右:共同)

 「ばかげた挑戦」を阻む要因の一つは企業の姿勢にあるという。バブル崩壊以降、研究所の規模を縮小する企業が続出。「所詮は既存の技術の組み合わせにすぎない、革新的でなく夢もないテーマ」ばかり研究するようになった。

 研究内容も短期間で投資回収が見込めるものが多い。「だが目的が決まった研究ではインベンションとイノベーションを生まない。研究者を型にはめてしまうため、とんでもない発想を生み出しにくい」と本庶氏は見る。

 本庶氏のオプジーボ研究も、がんを治す狙いから始まったものではない。免疫の研究過程で、外敵に立ち向かうある分子が他の分子の機能にブレーキをかけていることを半ば偶然発見し、それが世紀の発見・発明につながった。

 「莫大な多様性がある生命科学は未知の要素が多く、『ひょうたんから駒』がよく起こり得る。だからこそ、海のものとも山のものとも分からないものへの挑戦が大事なのに、その意欲が国全体で年々失われている」と本庶氏は嘆く。

 実際、日本生産性本部が18年と19年の2度にわたり、上場企業および資本金3億円以上の非上場企業を対象に実施した調査によれば、日本企業が破壊的イノベーションを起こしにくい要因として、「イノベーションのリスクを取ることに消極的な経営」とする回答が67%を占めた。