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 人材の強化は大事であることは分かっているが、うまく育てられているかは不安──。多くのビジネスパーソンが抱えているそんな不安をどう解消するか。人材育成に熱心な企業の取り組み事例から、令和時代のリーダーの育て方を探る。

 2019年夏。日本たばこ産業(JT)の35歳以下の一部の社員がある場所に集められた。そこで催されたのは、有事対応がテーマの寸劇。現場のリーダーや部下とのやり取りは緊迫感あふれるものだったという。

 それもそのはず、舞台に上がった1人の部下役以外は全員、プロの役者。役者は台本に沿って演じたが、その部下役の社員だけはアドリブで対応させられた。どんな選択をしても、社員は必ず不利な状況に追い込まれる。部下役を演じた阿戸彰史氏(30)は「瞬時の判断力が求められた」と振り返る。

選抜プログラム生の阿戸氏(左)は30歳でたばこ事業全体のデジタルマーケティング戦略の企画構想を担当(写真=稲垣 純也)

 実はこの寸劇、JTの人事部が次世代リーダー候補を評価するために実施した選抜プログラムの一つだ。プロの役者を招いてまで様々な経験を積ませようとするのも、選ばれし者だけを対象に「本気」でリーダーを育てようとしているからだ。現在、グループ全体で約6万2000人の社員のうち、育成対象は約80人。阿戸氏もその一人だが、彼らがいかに「エリート」であるかが分かるだろう。

JTは入社直後から 幹部候補の選抜システムが始まる
●JTの選抜プログラムの仕組みと求められる経験

 対象者は入社する前の内定段階で絞り込む。おおよそ30歳で「予科生」から「ジュニア」に、35歳で「ミドル」、40歳で「シニア」へと引き上げながら、経営人材としての能力を磨かせる。その都度、選抜試験も課される。冒頭の寸劇も、そのためのプログラムだ。

 試験だけで力を試すわけではない。阿戸氏も経営人材として経験を積むのに十分な部門を渡り歩いている。

 入社後に配属されたのは売却前の飲料事業部門。営業として10カ月、実務を学ぶと、その後は半年間、事業撤退の準備をするチームに回った。次は経営企画部のM&A(合併・買収)チーム。28歳で課長代理として海外たばこ事業の買収案件全般を管理する役割を担った。昨年11月からはたばこ事業本部でデジタルマーケティング戦略を練る。阿戸氏は「若いうちに多くの成長機会をもらえる」と魅力を語る。

 異動・配属先の決定に人事部が強く関与するのがJT流。面談を通じて対象者の強みや弱みを把握し、将来の目標を明確に認識させた上で、必要なスキルを磨かせるためのポジションを用意する。各部門長が信頼する部下を据えたいと思っても、人事部の要請には従わざるを得ない。それが全社の方針だからだ。

 負荷の高い仕事を短期間で複数経験させて、リーダーとしての資質を磨き上げる。目指しているのは、体力も十分で柔軟な発想ができる40代前半での執行役員への登用だ。そのために人数を絞り込み、一人ひとりをきめ細かくサポートしているのだ。

 背景にあるのは危機感だ。20年後、30年後に主力のたばこ事業がどうなっているかは分からない。こうなると、「20年後にどんなリーダーが必要とされるかも見えない。だからこそ多様な個性を持った人材プールを用意し、時代に合わせて必要なリーダーを選べるようにする必要がある」と人事部の見島昌行部長は強調する。

 将来を見通しにくい時代。これまでのように1つの部門でじっくり経験を積ませながら育てるやり方は通用しない。JTには、そんな問題意識がある。



くら寿司は東京・浅草にグローバル旗艦店を開いた。海外事業を強化するため、新卒のエグゼクティブ採用を始め、短期間で幹部候補を育てる

 国内中心のビジネスモデルを変えようと20年を「第2の創業期」に位置付けた回転ずしチェーンのくら寿司も、新人からの「促成栽培」を志向する。

 同社は昨年の新卒採用シーズンに26歳以下で、英語能力試験のTOEIC800点以上、簿記3級以上の資格を持っていることを条件に幹部候補生を募った。新卒年収1000万円ということもあってか約350人が応募。田中邦彦社長が自ら選んだ数人が今春入社する。

 何よりも重視するのが育成スピード。これから力を入れる海外事業では中途採用者にマネジメントを任せる方法もあるが、外食産業の給与水準では有望な人材は集まりにくい。新卒採用で一律に育てる方法では時間もかかる。

 今春、一般社員とは分けて採用した幹部候補生には2年ほど会社の仕組みを学ばせながら、現場改善案などの成果を求める。その後、収益の柱に育てるグローバル事業の戦略立案や海外子会社のマネジメントを担わせる。早い人で入社から約4年で「部長」へ昇進することも可能にするという。

 選抜者を計画的に育成することで、少数でも質の高い幹部候補者を用意して、変革のリーダーにする。くら寿司の担当者は「これぐらいのことをやらないと、世界で戦えない。人材の多様性を広げ、強い組織にしたい」と話す。

 新入社員の段階で幹部候補生を絞り込んで鍛えるJTやくら寿司。人材育成支援をする米ラッセル・レイノルズ・アソシエイツ日本法人の岩本秀和氏は「社内に成長する機会がなければ、転職する社員も出てくる。優秀な人材を引き留める上でも若手からの育成プログラムは必要だ」と指摘する。