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挑戦には失敗がつきもの。そう分かっていても、失敗は避けたいのが多くの人の本音だろう。新しいことに挑戦する組織になるためには、失敗を許容する風土が不可欠だ。経営者の理解はもちろん、失敗を仕組みとして組織に入れ込めるかが、革新への一歩となる。

大阪市内の百貨店に不二製油が出した大豆ミートの総菜店(左)。同社は60年近く前から大豆ミートを開発してきた(写真=3点:行友 重治)

 大阪・心斎橋。リニューアルしたばかりの大丸心斎橋店の地下2階に「大豆ミート」を使った料理を出す総菜店がオープンした。ケースの中に並ぶ唐揚げや“肉”炒めなどは、大豆からできているとは思えない見た目。実際に「豚もDOKI☆っ酢」と名付けられたメニューを食べてみると、もっちりした食感で、知らなければ「酢豚」を食べているようだ。

 この店を運営するのは、チョコレート用油脂で世界トップ3に入る不二製油グループ本社だ。総菜店は、同社が製造する大豆ミートに対する消費者の反応を集める拠点として出店した。

 ここ2~3年、急速に普及してきた大豆ミートなどの「代替肉」。米国では2019年5月にスタートアップのビヨンド・ミートが上場し、国内では日本ハムや伊藤ハムなど食肉加工大手も代替肉を使った製品を相次ぎ発表している。

 大豆ミートで国内シェア5割の不二製油は、その追い風を今、大いに受けている。食品メーカーや外食産業など様々な取引先から、大豆ミートを使った製品開発の相談が寄せられ、「昔に比べると10倍くらいの引き合い」(中野康行・たん白素材開発室グループリーダー)と研究所はうれしい悲鳴を上げる。需要増大を見込み、24億円をかけ、千葉県に新工場を建設する。

孫の時代に意義が分かる

 不二製油が大豆ミートの開発を始めたのは、1960年代のことだ。今でこそブームの様相を呈するが、約60年にわたる開発の歴史は失敗の連続だった。

 「大豆臭い」など風味や食感への不満という技術的な課題もあり、発売しても消費者に受け入れられず終売になるサイクルを繰り返してきた。

 そもそも「肉の代替だと、肉より安い値段でしか買ってもらえない。需要がないうえに安いからもうからない」(不二製油グループ本社の清水洋史社長)。そんな構造的な欠陥を抱え、長い間赤字を出した事業を、同社はなぜ60年近くも続けてきたのか。

 「人のために絶対になる」。開発を始めた2代目社長の西村政太郎氏は、こんな趣旨の言葉を残していたという。当時から、将来、世界の人口が爆発的に増加し、肉をはじめとする食料が不足することは予測されていた。「君の子供が大きくなるころでは(この事業の意義は)まだきっと分からへん。君の子供の子供が生まれたころにちょっとだけ分かるで」。西村氏は当時の役員にこう言ったという。

 現社長の清水氏は以前、大豆ミートの営業に携わっていた。なかなか売れなかった94年、「週に一度はベジタリアン」という動画を作成。大豆ミートの用途開拓を進めようとしたが、顧客を説得することはできず、やはり売れなかった。動画製作費の3000万円はむだになり、社内で怒られ始末書を書いた。それでも、「大豆ミートの開発をやめろとは誰も言わなかった」。

 60年近い時を経て、花開こうとしている大豆ミート。それは短期的な損得だけにとらわれず、長期的な視点で人々の暮らしに必要なものを生み出すという、経営者の信念と覚悟によって生まれたものだ。

日経ビジネス2020年3月2日号 40~43ページより