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いったんは失敗した商品・サービスはどのようにして復活したのか。事例をひもとくと、3つの原則が浮かび上がってきた。キーワードは「市場」「時間軸」「座組」の3つだ。

成功を生む3原則
市場を変える

長袋洋COO(右から2人目)らアーサムセラピューティクスのメンバーは武田薬品工業が中止した医薬品の復活に挑む

 横浜高速鉄道みなとみらい線の日本大通り駅から徒歩5分。横浜港を望むオフィスビルの一室に掲げられたホワイトボードには、医薬品の開発計画がびっしりと書き込まれている。

 ここは2018年7月設立の創薬スタートアップ、アーサムセラピューティクス(横浜市)のオフィス。社員はわずか6人の精鋭部隊だが、手掛ける3つの化合物のうち、2つは20年夏と21年に中期(フェーズ2)、残り1つも20年に初期(フェーズ1)の臨床試験に入ろうとしている。

 一般的に医薬品開発は、9~17年の年月がかかるとされる。日本製薬工業協会によると、成功確率は年々低下しており、臨床試験にたどり着くだけでも0.01%という(11~15年度)。創業2年足らずのスタートアップにとっては、3つの臨床試験に入るのは異例中の異例と言える。

 なぜ、こんなことが可能なのか。実はアーサムは、武田薬品工業生まれのスタートアップで、同社が2割を出資する。シャム・ニカムCEO(最高経営責任者)や長袋洋COO(最高執行責任者)ら社員の多くは、武田の湘南研究所出身者だ。かつて自らが開発した、医薬品候補となる化合物の権利を譲り受けている。

事業再編で薬の開発が中止

 アーサムが譲り受けているのは、武田時代に開発中止を余儀なくされた化合物。クリストフ・ウェバー氏の経営トップ就任以降、武田は事業の選択と集中を加速。16年には、「オンコロジー(がん)」「消化器系疾患」「中枢神経系疾患」の3つを重点疾患領域と定めて、これに合わせて研究所の再編が加速した。

 長袋氏が当時所属していた湘南研究所も再編の対象となり、自らの開発は重点疾患領域ではないという理由でストップしてしまう。「この変化を何とかチャンスに変えられないか」。そう考えた長袋氏が提案したのが、武田が活用しない開発資産を切り出し、社員に起業を促すプログラムだ。17年に制度を整えた後、自らもアーサムの創業へとかじを切った。

 もっとも一度は開発が中止した化合物だ。再編だけでなく、臨床試験の結果が思わしくなかったものもある。そこでアーサムでは、開発が中止した医薬品候補を別の用途で「復活」させることに取り組む。「初期の臨床試験で安全性は確認されており、一から開発するよりも実用化の可能性は高い」と長袋氏は語る。

 アーサムで開発を進めているものの一つが、自己免疫性皮膚科疾患や非アルコール性脂肪性肝炎向けの「ART-648」と呼ぶ化合物。もともと武田では糖尿病薬として開発されており、初期の臨床試験は終えていた。

 だが、成分を詳しく分析すると、炎症だけでなく脂質代謝にも関与することが判明し、アーサムは転用を決断。動物実験を経て19年11月にはフェーズ1の臨床試験を終えた。20年夏にはフェーズ2の臨床試験に挑み、「25年ごろの市場提供を目指したい」と長袋氏は意気込む。

 「患者にとって真に必要な薬を届けたい」と長袋氏。事業再編という理由で患者を救う機会を失った医薬品候補は、復活への一歩を大きく踏み出した。

 アーサムが進める手法は、医薬品では「ドラッグリポジショニング」と呼ばれるものだ。適用する疾患を変えることで、一度は失敗・頓挫した技術を別の用途で復活させる。PART1で紹介したシャープの「ヘルシオ ホットクック」も、炊飯器で導入したかき混ぜる技術を電気無水鍋の用途に変える「リポジショニング」でヒットした。

日経ビジネス2020年3月2日号 30~37ページより