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 京都府舞鶴市のビートスイミングクラブに週3~4回のペースで通う87歳の亀井美尚さん。200m個人メドレーで、18年に3分48秒20をたたき出して世界記録(85~89歳)保持者となった。日本記録の更新も数知れない。

 競泳の世界に飛び込んだのは、全国に拠点を置く農薬メーカーの営業職を定年退職した60歳を過ぎてからだ。旧制中学時代などには陸上部に所属し、短距離や走り幅跳びの選手として、京都府内トップクラスで活躍。ただ、泳ぐことはあっても競泳選手というわけではなかった。

定年退職後に競泳の世界に飛び込んだ亀井さんは、活躍の秘訣を「食事」と語る

 プールに通い始めたのは40歳を過ぎた頃。当初は、腰痛のリハビリのために区営プールに週1~2回通い、ウオーキングなどをする程度だったが、定年退職を機に地元に戻ると知人からの誘いを受け、競泳に一気にのめり込んだ。

 スイミングクラブで亀井さんを指導する奥東俊彦さんも「マスターズの大会は競泳経験者が出場することが多い。60歳から本格的に始めるという人はほかに存じ上げない」と話す超人ぶりだ。奥東さんは「普通は亀井さんの年齢では200m泳げない」と話すが、当の亀井さんは普段の練習で1日2000mほどを泳ぎ切る。

 活躍の秘訣について「食事が大切」と強調する。「納豆は嫌い」だそうだが、朝食は自ら準備。そして、練習後には疲れていたとしてもバナナや牛乳、ヨーグルトなど、栄養補給を必ずしてから帰るのだという。次の目標は90歳での世界新記録だ。

 一方、生涯スポ―ツの代表格であるゲートボールに打ち込むのは東京都立川市の坂本吉通さん(77)。大手電子機器メーカーを退職した後、町内会で出合ったのがゲートボール。今や“日本代表”としてタイでの国際大会にも5年連続で出場するほどになった。試合もさることながら、大会を通して知り合った外国人選手と土産交換をするのが楽しみだという。

 会社員時代から将棋や車のラリーなど多趣味だった坂本さんは「何の目標もなく生活していてもつまらない。勝ち負けも気にしながら、面白いと感じたことに徹底して取り組んできた」と語る。チームでの練習以外でもほぼ毎日、自主練習に取り組み、「いかにまっすぐ打てるか。この研究は尽きない」と笑顔を見せる。

ティム・クックにハグされた84歳

 スポーツで世界を舞台に活躍するシニアがいる一方で、ITスキルによってグローバルで脚光を浴びる高齢者もいる。神奈川県に住む84歳の若宮正子さんの趣味は、プログラミングなどPCを使った創作活動だ。

 2017年、米国カリフォルニアで開かれた米アップルの大規模イベントでは、同社CEOのティム・クック氏が若宮さんを壇上でハグし、「世界最高齢のアプリ開発者」として全世界に紹介した。その後、国連総会や皇居での園遊会にも出席。「老いてこそデジタルを」との標語を掲げ、ITには疎いが興味はあるシニアの希望の星となっている。

 大手銀行で当時の同世代の女性では珍しく管理職まで昇進した若宮さんは、1990年代に定年退職。交友関係が狭まることがないようにとパソコン通信を目的にPCを始めたという。現在活動するオンラインサークル「メロウ倶楽部」の仲間たちと出会い、海外旅行や料理などの情報交換を楽しんでいるうちに、次第にITリテラシーが高まっていった。

若宮さんに憧れてオンラインサークル「メロウ俱楽部」の勉強会(左)に参加する人も少なくない(写真=右:加藤 康)

 10年以上前から表計算ソフトのExcel(エクセル)を使った絵画・手芸作品「エクセルアート」も作り続け、園遊会での装いにもそれをあしらった。ほかにも動画制作や本の執筆など活動は多岐にわたる。

 近年はイベントへの出演や講演の依頼が殺到し、毎日のように国内外を飛び回る。「自分にそんな体力があるとは思わなかった」(若宮さん)と自らの能力を改めて発見する日々を送る。

日経ビジネス2020年2月17日号 38~43ページより