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 「若いころから大好きだったピザのお店を開くことができて幸せ。なるべく長く続けたい」

 そう笑顔で語るのは、兵庫県加古川市の自宅兼店舗で「さとうさんちのピザ屋さん」を営む佐藤愼剛さん(64)だ。2歳年下の妻、多美子さんと二人三脚で店を運営する。

交友関係の広さで、未経験だった飲食店経営を成功に導いた佐藤さん夫妻

三菱重工からピザ職人に転身

 愼剛さんは地元の高校を卒業後、三菱重工高砂製作所に技能職の社員として入社。それ以来、60歳まで40年以上にわたって、火力・原子力発電所の建設や補修・メンテナンス業務に携わり続けてきた。

 会社を辞める際、雇用延長も勧められた。だが、「給料も現役時代から大幅に下がり、仕事がこれから面白くなるとは限らない」と、退職金など1000万円以上をつぎ込んで、34年前に建てた加古川の自宅を建て直し、1階部分を店にした。

 開業は2018年11月。店内に設置された釜で焼き上げられたピザは、パリッとした表面に中はもっちりとした味わい。トッピングには地元で取れた野菜を使うなどのこだわりが評判となり、順調なスタートを切った。店内はテーブルやカウンターなど20席。営業は週3日間のランチ限定で、完全予約制だ。既に春まで予約が埋まっている。

 人生100年時代の長い老後を設計していくうえで、「生涯現役」と並んで人気があるのが「シニア起業」だ。

 世界の経営学者が実施する「グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)調査」によると、日本のシニア起業家(この調査では55歳から64歳と定義)は、15年時点で約63万人で、その10年前の約37万人から1.7倍になっている。シニア起業率(シニア人口に占めるシニア起業者の人数の比率)も4.0%と、10年前より2ポイント上昇した。

 年金の受給開始年齢の引き上げへの不安もあって働き続けたい(続けねばならない)シニアにとって、起業には会社勤めにはない様々なメリットがある。

 既に指摘したように、雇用延長や定年後再雇用の道を選べば、組織で働く以上、若い上司から指図されることは避けられないし、技術革新の進む職場では「自分がチームの足を引っ張っている」と自責の念を覚えることも起こり得る。だからといって、単純で刺激の少ない補佐的業務ばかりでは退屈だし、プライドも傷つきかねない。

 その点、起業であれば、あくまで主役は自分。誰の指図も受けず、自ら戦略を描き、自由に経営すればよい。

 だがこのシニア起業にも、問題がある。単純に、うまくいかないことだ。

日経ビジネス2020年2月17日号 34~37ページより