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「人生100年時代」の到来を前に、世間では様々な「夢の老後設計」が語られている。だが、生涯現役やシニア起業、地域貢献といった理想のプランは誰もが可能なことなのか。多くの人が目指す“憧れのシニア生活”の現実を取材した。

 カクテルグラスのふちに生のレモンの果汁をまとわせ、白い砂糖でお化粧する。ベースは、ウオッカとキュラソーとライムジュース。グラスの底に緑鮮やかなミントチェリーを沈めれば、出来上がりだ。

 カクテルの名は「雪国」。グラスに雪化粧まで施された1杯には、幻想的な雰囲気が漂う。独自に考案したこのカクテルを、自らシェーカーを振り、1杯ずつ丁寧に作るのは、山形県酒田市のバー「ケルン」で働く井山計一さん。1926(大正15)年生まれの御年93歳にして、今なお現役のバーテンダーだ。

週5日カウンターに立つ井山さんは、多い時で「雪国」を一晩50杯以上作る(写真=2点:向田 幸二)

93歳の東芝OBバーテンダー

 さすがに年齢とともに足腰が弱り、つえが必要な毎日ではあるが、注文が入るやいなや、別人のような目つきになる。「俺よりもうまく作れる人はまだいないと思っているから」。そう笑う井山さん。月曜日と火曜日以外は夕方になると店に現れ、忙しい時には雪国だけで一晩で50~60杯作るという。

 毎朝10時ぐらいに起き、窓の外を見ながら今日も一日楽しいことが起きますようにと願う。そして今日は何を食べようかと考える。この前行ったラーメンはどうか、いややっぱり別の店か。夕方が来ると、さあ仕事だ。

 酒田市内の高校を卒業後、東京芝浦電気(現東芝)に就職。一時は神奈川・鶴見で暮らしていた井山さんがバーテンダーの世界に足を踏み入れたのは戦後、昭和20年代後半のことだ。

 仙台の繁華街でたまたま人員募集していたのがきっかけで、初任給は7000円。すぐに腕前が認められ、他店から引き抜かれるとその額は1万円、1万2000円と上がっていった。酒田に戻ってケルンを開いたのが昭和30年の暮れ。「雪国」を生み出したのは程なくしてで、寿屋(現サントリー)主催のコンクールで見事、グランプリにも輝いた。

 ケルンの経営は今は家族に任せているが、それでも最前線に立ち続ける。「毎朝起きて、おいしいものを食べ、待っているお客さんのためにカクテルを作る。それだけでとても楽しい。70年やってきた仕事だけど、やめようと思ったことは一度もないね。この仕事があるからこそ、幸せな老後になったと思っている」。井山さんはこう話す。

 企業広告から街中の会話まで、ここ数年ですっかり市民権を得た感のある「人生100年」という言葉。流行の発端となったのは、2016年に出版されたベストセラー『ライフシフト──100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社、リンダ・グラットン&アンドリュー・スコット著)だ。

 医学の進歩によって、07年に米国やカナダ、イタリア、フランスで生まれた子供の50%は104歳まで生きる見通しで、今40歳の人も95歳までは生きる確率が50%ある。人生70~80年というのは過去の話で、人々は人生設計を根本から見直す必要がある──。そんな主張がこの本の骨子だ。

 海外に限らず、日本でも平均寿命は男性81.25歳、女性87.32歳(18年)まで到達。女性は6年、男性は7年連続で過去最高を更新し、「さらに延びる可能性が高い」(厚生労働省)という。

 そんな人生100年時代の到来に合わせ、世間では様々な「夢の老後設計」が語られている。生涯現役で最期まで輝き続ける、シニア起業でもう一花咲かせる、地域交流で誰かの役に立つ、趣味三昧で人生を満喫する……。中でも日本人の多くが目指しているのが、最初の生涯現役。内閣府の調査では、28.9%が「働けるうちはいつまでも働きたい」と回答。「75歳くらいまで」「80歳くらいまで」の回答も合わせれば、生涯現役希望者は約4割に達する。

日経ビジネス2020年2月17日号 30~34ページより