全6544文字

中国を代替する生産拠点として、ベトナムに各国の企業が殺到している。豊富な労働力に加え、南シナ海に面して物流の条件も良いためだ。だが、経済成長に伴い、ビジネスフロンティアの魅力は早くも薄れつつある。

 「工場を畳むことになるかもしれない。あまりのショックにぼうぜんとなった」

 ベトナム南部の商業都市ホーチミン近郊。半導体製造装置を手掛けるタツモの現地子会社、タツモベトナムの福尾一久社長は1年前の出来事をこう振り返る。2019年1月、一本の電話がベトナムでの経営を危機に追いやった。

半導体製造装置の部品や自動機開発などを手掛けるタツモベトナム。樹脂製品も生産している

 08年に設立したタツモベトナムは、日本の親会社向けに半導体製造装置のユニットを内製する工場だった。経営を安定させるため、自社以外の取引先も開拓。「作れるものは断らない」という目標を掲げ、医療、食品、自動車関連と、あらゆる業界向けに製造装置を開発し、顧客の求めに応じてアルミ、樹脂の加工から鋳物の生産まで手掛けた。

 その過程でベトナムにある日系のLED照明製造装置メーカーを得意先とすることに成功する。米国向けに照明器具を生産する中国大手から継続して大規模受注をしていた会社だ。その装置メーカー向けの部品の売り上げはタツモベトナム全体の7割に達し、工場を広げる計画も進めていた。

 その矢先に電話が鳴った。「当面、そちらへの発注を止めたい。生産の見込みが立たなくなった」。装置メーカーは福尾社長にこう告げた。

福尾一久社長は3度にわたりホーチミンの工場を拡張してきた

 聞けば米中貿易戦争が原因だという。この前年、LED照明が米国による制裁関税の対象となった。装置メーカーの顧客である中国企業から、米国の取引先が手を引き始めたようだった。照明が売れないなら製造装置も不要になり、タツモベトナムの部品も売れない。このままでは売り上げの過半が吹き飛び、工場の経営は立ち行かなくなる。

 皮肉なことに、米中貿易戦争で窮地に陥ったタツモベトナムを救ったのもまた、米中貿易戦争だった。ベトナムに生産拠点を移したり、既存施設の能力を増強したりする動きが本格化したからだ。製造装置や部品生産まで、何でも手掛ける「よろず屋」の役目を果たしていたことが奏功し、タツモベトナムを頼る企業が続出した。

 それからのタツモベトナムにはスポーツ用品や医療関連機器メーカーから「ベトナムに生産拠点を構えたため製造装置を開発してほしい」との依頼が相次いだ。昨年末には、中国からベトナムに生産を切り替えようと動く米国の機械関連メーカーからも装置の生産依頼が舞い込んだ。

中国新工場を置き去りに

ベトナムのホーチミン中心部から車で1時間ほどの場所にあるロンハウ工業団地。米中貿易戦争が勃発した後、レンタル工場などへの入居希望が急増した

 「19年を境に中国や欧米の企業から問い合わせが急増し、訪問客も例年の1.5倍くらいになった」。こう話すのはタツモベトナムが入居するロンハウ工業団地のブイ・レ・アイン・ヒエウ経営企画部長。米中摩擦を避けるため、中国からベトナムへの「脱出」を模索する製造業が相次いでいるという。

日経ビジネス2020年2月3日号 38~43ページより