米中貿易摩擦は、「世界の工場」としての中国の地位を揺るがしている。中国企業が国外に脱出する「新チャイナ・プラスワン」はその象徴的な動きだ。多くの企業で製造の前提が崩れ、ビジネスの在り方を見直さなければならなくなる。

<span class="fontBold">中国は「世界の工場」として内外から投資を呼び込んできた(写真は台湾が本拠の機械メーカーの中国工場)</span>(写真=ロイター/アフロ)
中国は「世界の工場」として内外から投資を呼び込んできた(写真は台湾が本拠の機械メーカーの中国工場)(写真=ロイター/アフロ)

 「生産拠点を中国からタイに移せないか」。自動車やビルの内部の空気をきれいにするエアフィルターや、その中核部品を製造する日本バイリーン(東京・中央)。2019年の夏、取引先の米企業が突然、こう打診してきたという。

 欧米やアジアに工場を分散して地産地消を進めているため、米中貿易戦争が始まった後も特段の対応は考えていなかった。移管を打診してきた米国企業には中国で製造した中核部品を販売していたが、その部品を使った製品をどこに販売しているかは把握していなかった。米国企業は部品を中国の拠点で完成品に仕上げて、米国に輸入していたようだ。対中追加関税で輸入コストが上がったため日本バイリーンに移管を要請してきたとみられる。

 要請を受け、同社は08年に稼働したタイ工場への生産移管を決めた。制裁関税というコスト増が招くサプライチェーン再編の波は、自社の目が届くところだけでは完結しない。突然、想定外の影響を受けることもある。

 米中摩擦の影響で、中国から東南アジア諸国連合(ASEAN)への生産シフトが起きている。各国の統計や経済調査会社CEICのデータによると19年1~11月の中国から米国への輸出額は前年同期比で15.2%減少している。対するASEANから米国への輸出は10.7%増えた。米国の上乗せ関税を避けようという企業の戦略が表れている。

 中国の対ASEAN輸出も10.4%増えた。産業の集積度が高い中国でつくった部品をASEANで完成品に仕上げて米国へ送る動きがうかがえる。

 特に顕著なのがゴムとタイヤだ。日本貿易振興機構(ジェトロ)が米中当局の統計からタイヤや原料の合成ゴムなどの貿易額を分析したところ、19年上半期のASEANから中国への輸出額は前年同期比14.5%減の39.2億ドルで、中国から米国も14.5億ドルと24.2%減っていた。一方、ASEANから米国へは41.8億ドルで9.3%増えている。

 ASEANから仕入れたゴムで中国企業がタイヤをつくり、米国へ輸出するサプライチェーンが、ASEANから直接、ゴムやタイヤを米国に持ち込むルートへと移っていることが分かる。

 人件費や工業団地の入居料の高騰で、生産拠点としての優位性が落ちた中国を貿易摩擦が直撃し、サプライチェーンの入れ替えが始まった。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの東條恵明・国際ビジネスコンサルティング部長は「少なくとも『世界の工場』という中国の圧倒的な存在は、終焉(しゅうえん)を迎えつつある」と話す。

米中間の貿易は細り、ASEANが代替地となっている
●米国、中国、ASEAN間の貿易額(2019年1~11月で前年同期と比較)
<span class="textColMaroon">米中間の貿易は細り、ASEANが代替地となっている<br /><small>●米国、中国、ASEAN間の貿易額(2019年1~11月で前年同期と比較)</small></span>
注:米国と中国の統計やCEICのデータを基に作成。▲はマイナス
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