全4895文字

本塁打王後の不振で変身

テスト生時代は1年目の終わりに解雇が通達されています。そこからのし上がったのですからすごいものです。

 運もだいぶ左右しているね。2年目にチームが優勝して、ご褒美として球団がハワイキャンプを企画してくれたんです。もうみんな浮かれちゃって。夜は遊びに出かけてホテルには誰もいない。一方、僕は唯一、2軍から参加していたから友達は誰もおらず、夜は素振り以外にやることがない。どこにも行かずにずっとバットを振っていた。

 それで、オープン戦が始まった時に、正捕手の先輩が肩が痛いと言って休んだんです。普通なら2番手捕手が出るんだけど、この人が夜遊びが過ぎて当時の鶴岡(一人)監督に怒られ、僕に出番が回ってきた。ここで活躍できたことで、レギュラーの道が開けたんです。

そのまま一流選手に駆け上がったわけですか。

 そんなことないですよ。レギュラー選手になってすぐ、ホームラン王になってこれはいけると自信を持ちました。それで有頂天になって、その後2年ほど低迷しました。相手に研究されていたことに気づかなかったんだね。有頂天だったから。それから考えるようになった。

 捕手とは何かということを突き詰めて考えるようになったのはこの頃から。ピッチャーの癖や配球を研究し始めたのもこの頃から。それを繰り返したことで、ピッチャーがそれぞれの状況でどういう球を投げてくるのか、ある程度分かるようになりました。この時の経験が(データ重視の)後の「ID野球」につながっている。

何かやり残したことはありますか。

 たくさんありますよ。僕は人材育成というのは、「見つける」「育てる」「生かす」ことだと思っています。そういう意味では、もっと多くの才能を育てたいけど、育てるって難しいね。才能を見つけるのも難しいけど育てるのはね。

傍白

 84歳。捕手として長年足腰を酷使してきたためもあるのでしょう。車椅子を使われていましたが、頭脳は衰えを感じさせません。それよりも印象に残ったのは眼光の鋭さです。初めてお目にかかりましたが、事前のイメージよりもはるかに鋭く、こちらも気を張っていないと噛みつかれそうな感覚を持つほどの力を宿していました。

 今後、企業の終身雇用制度は崩れ、雇用の流動化が進むでしょう。1年ごとに契約を更新するプロ野球選手は流動化の典型例。サラリーマン社長には決して見られない野村さんの鋭い眼光は自分の腕だけで生きる厳しさを表しているようです。南海監督の解任や阪神でのご苦労は多くを語らず。まだまだ勝負師の闘争心をお持ちだと感じました。

 日経ビジネスでは、人事・人材活用を考えるうえでヒントになる記事を厳選した特設サイトをオープンしました。定期的に新たな記事を追加していく予定ですので、ぜひご一読ください。

>>特設サイトはこちらから

日経ビジネス2020年2月10日号 48~51ページより