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パナソニックの売上高は約四半世紀もの間、停滞を続けている。そもそもなぜ長期にわたって停滞しているのか。歴史をひもとくと、成長阻害の4つの病があった。

売上高はこの25年間ほとんど伸びず、損益は乱高下した
●パナソニックの約30年間の業績推移
(写真=津賀氏:今 紀之)

 パナソニックの1989年3月期以降の業績推移を見るとすぐに気づくことがあるはずだ。連結売上高は2000年代半ばの数年間を除いて1990年代後半以降、7兆円から8兆円の間で横ばいを続けている。足元の2020年3月期予想も7兆7000億円だ。

 連結最終損益を見ても過去最高益だった1991年3月期の2589億円を超えたのは、2008年3月期と19年3月期の2回だけ。それもわずか数百億円上回ったのみだ。黒字でも地をはうような低空飛行か大幅赤字に落ちている。

 約四半世紀にわたる長期停滞は、なぜなのか。そこには、今の津賀一宏社長に至るまで、歴代トップが根治できない成長阻害の4つの「病」がある。

成長戦略で失敗繰り返す

 真っ先に挙げられるのが、長期的に事業を作り替え、成長を目指す戦略のまずさだ。

 00年6月に社長に就任した中村邦夫氏による中村改革。「破壊と創造」を掲げ、創業者、松下幸之助氏以来の事業部制を廃止し、約1万3000人の早期退職に踏み切った。02年には松下通信工業、九州松下電器などグループ5社を完全子会社化、04年には松下電工を子会社化(11年に完全子会社化)した。グループ会社でありながら、独立色が強く、事業の重複さえ珍しくなくなっていたのを再整理し、開発から生産・販売での二重投資の無駄を解消するための「大手術」だった。

 中村氏が成長事業に据えたのは、プラズマパネルなどの電子部品やサービス事業だ。デジタル時代に入り、日本企業が得意としてきた「すり合わせ」のノウハウを生かした組み立て工程が生む付加価値が低下してきたことが背景にあった。改革は功を奏し、業績は急回復。中村氏の後任社長の大坪文雄氏の2年目の08年3月期には最高益を更新した。

 だが、実際にはサービス化と部品事業の拡大はうまくいかなかった。当時、経営中枢にいた元幹部が無念そうに振り返る。「結局、本格的な将来予測とそれに基づく事業構造改革の戦略立案に弱点があった」。デジタル時代の付加価値の変化への見方はよかったが、実際に長期戦略として全社で推進する体制にはなっていなかった。

 例えば、当時パナソニックが開発していた半導体「ユニフィエ」。それまでビデオカメラや携帯電話、パソコン、ビデオレコーダーなどのデジタル機器には個別にLSI(大規模集積回路)を開発してきたが、ユニフィエは多様な機器で使えるものだった。

日経ビジネス2020年1月27日号 36~41ページより