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デジタル化でウォルマートはアマゾンに対抗する力を得た。ダグ・マクミロンCEOはいかにして現場の隅々にまでデジタルを浸透させたのか。雌伏の5年の間に、ウォルマートは巨大ながら敏捷性のある組織に生まれ変わった。

ダグ・マクミロンCEOはデジタル化の遂行を自らのミッションとする(左)。EC事業トップのマーク・ロア氏はEC業界の著名起業家だ(右)

 2014年6月6日、ウォルマートのダグ・マクミロンCEO(最高経営責任者)は、トップに就任して初めての株主総会に臨んでいた。「我々はイノベーションの先頭に立ち、デジタルの世界と実際の買い物を融合する」。当時47歳の若さでCEOに就任したマクミロン氏は、こう力強く宣言し、ウォルマートのデジタルシフトに乗り出した。

 しかし、巨大企業である同社のデジタルシフトに、株式市場は懐疑の目を向けた。15年7月には時価総額で米アマゾン・ドット・コムに抜かれ、15年末の株価は14年末比で3割弱下げた。

 それから5年余り。マクミロン氏が掲げた“公約”がついに実現し始めている。実現したのは、投資家の不安をよそに、デジタル分野へ集中的に投資し続けてきたためだ。

 同社の投資の内訳(データ編を参照)を見ると、マクミロン氏就任前の14年1月期の米国内への設備投資約86億ドルのうち、59%が新店開発でITやECへの投資は29%だった。それが19年1月期には、新店開発への投資はわずか4%。一方、IT・ECが68%と、割合は完全に逆転した。

 好立地に新しい店舗を次々と開き、老朽化した店舗を改装して客を呼び込む──。小売業が採ってきた伝統的な戦略と、現在のウォルマートの戦略は全く異なる。

 だが、単にカネを投じるだけで、デジタルシフトが実現できるわけではない。ウォルマートのデジタル戦略を支えたポイントは4つある。

 マクミロン氏が手掛けた投資の中で最も巨額なものは、16年に33億ドル(当時のレートで約3300億円)を投じた新興ECサイト、ジェット・ドット・コムの買収だ。日用品や衣料品などを幅広く扱うジェットは、買収の1年前にサービスを開始したばかりだったが、完全会員制、買えば買うほど安くなる仕組みなどでアマゾン対抗の新興サイトとして注目されていた。

 ジェットを立ち上げた共同創業者のマーク・ロアCEO自身、「第2のジェフ・ベゾス」と呼ばれ、05年に立ち上げた紙おむつのネット販売サイトをアマゾンに売却した実績を持つ。ジェットの買収でウォルマートはロア氏を獲得し、ロア氏はEC事業のCEOに就いた。同じく共同創業者のマイク・ハンラハン氏は、店舗に新しいテクノロジーを導入するためのプロジェクト「インテリジェント・リテール・ラボ(IRL)」を指揮する。

IT人材を外部から次々獲得している
●ウォルマートのITキーパーソン
注:フィネガン氏は2019年6月にウォルマートを離れた

 右の表は近年、ウォルマートに参加した主な人物だ。高級衣料品を定額でレンタルする「レント・ザ・ランウェイ」の共同創業者のジェニファー・フレイス氏は、ウォルマート参加後の18年、富裕層向けの会員制サービス「ジェットブラック」を始めた。

 14年以降、ウォルマートはECサイトの運営企業を次々と買収し、エンジニアを獲得してきた(データ編参照)。マーク・イボットソン上級副社長は「GAFAが出している給与やストックオプションなどの条件は常にモニタリングしている」と明かす。

 世界最大という規模、オムニチャネル化という小売りの潮流の変わり目などのダイナミズムはエンジニアにとって魅力的だ。こうして集めてきた人材は、デジタルを使った新しいサービスを生み出すといったことにとどまらず、小売業にとって事業の根幹である店舗での働き方までもを変革したことが、成功につながった。

日経ビジネス2020年1月20日号 36~41ページより