植物肉から農業生産性革命へ
世界的に環境意識は高まっていたが、「消費者の実際の購買行動には結び付かない」(仏化粧品メーカー幹部)という現実が長らく続いていた。だが、テラサイクルの台頭は、欧米のみならず日本を含むアジアでも、消費者行動が急速に変化し始めていることを示す。人口爆発による食料危機に備えるビジネスが支持を集めるのも同じ文脈だ。
大豆やエンドウ豆などから作った本物そっくりの“植物肉”が、その象徴だ。米スタートアップのインポッシブル・フーズやビヨンド・ミート(19年に株式公開)が市場を創造してきたが、今ではネスレなどの大企業も参入。米バーガーキングなどのハンバーガーチェーンでも採用が広がる。
50年には世界の人口は90億人に達し、タンパク質の需要は現在の約2倍に増えるとされる。牛などの家畜だけでは、その需要を賄いきれない。そこで注目されるのが植物性タンパク質。単位当たりのタンパク質を生産する際の環境負荷は、家畜を育てるよりも圧倒的に少ない。さらに技術革新で本物の肉に極めて近い味と食感を実現できるようになり、菜食主義者だけではなく一般消費者にも市場が急拡大中だ。
だが、「食革命」の波はここにとどまらず、サプライチェーンを遡上する。農作物の栽培で生産性を大きく向上させる挑戦が始まった。
米ボストンに本社を置くインディゴアグは、アグリテックの中でも注目の一社だ。同社は微生物のDNA配列を解析して植物の育ちを良くする「スーパー微生物」を特定し、それを閉じ込めた特殊な材料を作って種にコーティングし、農家に販売している。
現在、大豆、綿、トウモロコシ、コメ、小麦の種を販売しており、トウモロコシなら約6%、大豆なら約8%の収穫量拡大を見込めるようになった。
マサチューセッツ工科大学の博士課程で、「食糧問題を解決したい」との信念で微生物学を研究していたジェフリー・フォン・マルツァン氏らが14年に創業した。植物の根には無数の微生物が生息しており、植物の栄養素や水の吸収を助けている。作物に合うスーパー微生物を特定すれば、農家は農薬を極力使わずに、安全かつ高品質の作物を効率的に収穫できる。土壌が農薬で汚染されず疲弊しないメリットも大きい。
「今の農業の仕組みでは、農家が良い作物を育てようというモチベーションが湧かない。これを変えたかった」
インディゴでCEO(最高経営責任者)を務めるデービッド・ペリー氏は、同社に参画した理由をこう説明する。ペリー氏は連続起業家で、自身が起こしたバイオ医薬品会社を米ファイザーに52億ドルで売却した人物。知人の紹介でインディゴを知り、マルツァン氏の信念に共感したことから15年、同社のCEOに就いた。

インディゴの「革命」は収量拡大にとどまらない。現状の穀物取引では、値段は単に需給バランスで決まり品質は問われない。だから、良い作物を育てるモチベーションも湧かない。そこで18年9月、「農作物のイーベイ」とも言えるオークションサイトを立ち上げた。
インディゴが出品された作物のサンプルを専門機関に提出して品質を細かくチェックし、土壌の状況や水の管理、農薬使用の有無など、育成過程の情報も掲載。買い手は、この情報を見て価格を提示する。反響は上々で「開設から1年半ですでに3000社が参加し、3000億ドル分の入札があった」(ペリー氏)。世界最大のビール会社、ベルギーのアンハイザー・ブッシュ・インベブなどが原料を調達し始めている。
19年6月には、二酸化炭素(CO2)の排出量取引ができる仕組みの運営も開始。1000万エーカー分の土地が既に登録され、大手を含む数多くの企業がこの枠組みに参加しているという。
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