全7795文字

世界のベンチャー投資が変調する中、地道に成長しているスタートアップがある。社会で見過ごされてきた巨大な「ひずみ」に着目する、社会課題解決型スタートアップだ。ゴミ問題から貧困まで、世の中を変える新たなビジネスモデルの実装が始まっている。

海洋プラスチックごみの回収・再生などをマーケティングに生かす仕組み作りを支援している。写真の人物がテラサイクル創業者のトム・ザッキー氏(写真=海岸:FabioFilzi/Getty Images)

 短期的に時価総額を大きくし、ユニコーン(企業価値10億ドル以上の未上場企業)としてIPO(新規株式公開)を目指す──。そんなスタートアップの“成功の方程式”を採用せず、社会の「ひずみ」の解消に愚直に取り組み、世界の産業界で着実に存在感を高めてきた黒子がいる。「『捨てる』という概念を捨てよう」というビジョンを掲げる、米国の未上場企業テラサイクルだ。

 「5年以内に上場して還元しろという短期志向のベンチャーキャピタル(VC)からの資金調達はしていない。我々のビジョンに合わないから」

 2003年に同社を設立したトム・ザッキー氏は言い切る。VCではなくビジョンに共感する裕福な個人投資家から主に資金を集めてきた。18年からは一般消費者からも出資を募ることで支援者を広げている。

P&Gやユニリーバが手を組む

 ビジネスモデルは極めて地味だ。AI(人工知能)などの最新技術を使うわけでも、シェアリングといったはやりのコンセプトを取り入れるわけでもない。手掛けるのはリサイクルである。

 使用済みのオムツや歯ブラシなど、使い捨てられてきた製品を再利用する仕組みの構築がその一つ。ほかには、回収にコストがかかり再利用が難しいとされていた、海洋プラスチックごみなどを活用した製品の開発を、大企業向けに支援してきた。

 これまでに、米P&Gや米ペプシコ、英蘭ユニリーバ、スイスのネスレなど世界の大手日用品メーカーと共同事業を手掛け、日本を含む21カ国で事業を展開している。

 学食の残飯をミミズに与えて作った堆肥を販売するために大学を中退したザッキー氏は、「社会課題の解決はビジネスとしてやることで持続的になる。そもそも私は、環境問題の解決より、ビジネスに関心があった」と語る。

 リサイクル工場を持たないファブレスモデルで、アイデアで勝負している。コストがかかるリサイクルを事業化するために名だたる大企業がテラサイクルと手を組むのは、同社が考案する仕組みがマーケティングに効果を発揮するからだ。ある海外メーカーは、テラサイクルと組んで売り場に使用済みのオムツの回収ボックスを設置。その結果、より広い売り場を確保することにつながり、ブランドイメージも向上して販売は大きく伸びたという。

 テラサイクルを取り巻く潮目が大きく変わったのは、この数年間だ。鼻にプラスチックのストローが刺さったウミガメの動画がSNSで拡散し、海洋プラごみの問題が世界的に注目された。その頃から、テラサイクルの売り上げは拡大し、19年は前年比5~6割増の5000万ドル程度を見込み、その勢いは日本にも押し寄せている。

 19年9月には伊藤忠商事が「化学品のビジネスモデルを変えていく」(石井敬太常務)ためにテラサイクルに約10億円を出資。同年11月にはP&Gジャパンがテラサイクルと組み、玄界灘の対馬に漂着した海洋プラごみの再生原料を容器に25%混ぜた台所用洗剤の発売を開始した。対馬に押し寄せる海洋ごみは年間200~300トン。従来は高い処理費用をかけて九州本土に運び、埋めるか燃やすかしかなかった。

 20年秋からは、P&Gのほか味の素やサントリー、資生堂などのメーカーに加え、流通大手イオンも参加して、販売した容器を回収して再利用するためのeコマースのプラットフォーム「Loop」を東京でスタートする。現在、米ニューヨークや仏パリで実験中だ。

日経ビジネス2020年1月13日号 30~35ページより