釈明行為の一形態とされる「謝罪」に対する要求水準は高まっている。社会の寛容度の低下、コンプライアンスの徹底など理由は様々だが、対応を避けるわけにはいかない。

 「申し訳ございません」「心からお詫び申し上げます」──。

(写真=Ryan McVay/Getty Images)

 今年も多くの経営者や政治家、著名人がカメラの前で頭を下げた。不祥事が起きるたびに開かれる謝罪会見。だが、非を認め、誠意を持って謝罪したつもりでも、世間はそれを謝罪と見なすとは限らない。

 では、どのような要素がそろえば謝罪は謝罪として成立するのだろうか。紛争解決が専門で『失敗しない謝り方』などの著書がある社会心理学者の大渕憲一・東北大学名誉教授によると、謝罪は心理学的な観点では、トラブルを起こしたときに人々が取る「釈明行為の一つ」と捉えられている。

謝罪は釈明行為の一つ

 この釈明行為は、謝罪を含め4つの行為に分類される(下記チャート参照)。すなわち「否認(自らの関与を認めない)」「正当化(自分は間違ったことをしていないと主張する)」「弁解(やむを得ない事情があったと申し開きする)」、そして「謝罪」だ。これらは「問題に関与したか(関与)」「問題が不適切であったと認めるか(不当性)」「自分に不祥事に対する責任があったか(責任)」という3つの要素を認めるかどうかで区別される。

心理学からみた釈明行為の分類

 関与も不当性も責任も、すべて認めれば謝罪となる。しかし、謝罪会見では往々にして自己弁護の気持ちが働くなどして、4つの行為の区別が曖昧になりがちだ。

 本人は「謝罪」しているつもりでも、聞いている側が「弁解」や「正当化」として受け止めてしまえば、そこにギャップが生まれる。事態の沈静化を狙った謝罪会見の“効果”は低くなるばかりか、場合によっては「開き直っている」「言い訳している」などと逆効果になりかねない。

 もっとも、先述の要件を満たしている「謝罪」でも十分とは言えない可能性もある。大渕氏は「最近は社会全体の寛容性が低下している傾向にあり、従来型の謝罪の仕方では通用しない。より丁寧な謝罪が必要とされるようになってきた」と話す。

 具体的には先ほど挙げた謝罪の3要素のほかに「問題の経緯を説明する」「悔恨・反省を示す」「被害者へのいたわりを示す」「改善を誓う」などといった他の要素が加わった「深い謝罪」が求められるようになっていると指摘する。

 経済の仕組みや雇用形態、そして情報伝達手段が複雑化・多様化し、企業のアカウンタビリティー(説明責任)は一層重要度を増した。ルールや社会的規範を明文化し、それにのっとり企業経営するコンプライアンスの考え方も浸透してきた。こうした動きも、「深い謝罪」を要求するようになったことと関係している。

続きを読む 2/2 ムラ社会が生んだ謝罪文化

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この記事はシリーズ「謝罪の流儀 令和元年 平成までの謝り方は通用しない」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。