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テクノロジーが今後進化しても「100年後も色あせない商品」は存在する。「100年後の予測なんて意味がない」。そう考えるのは大きな誤解だ。国内外を問わず先進企業の多くは長期未来予測をベースに経営を組み立てている。

 「御用蔵(ごようぐら)醤油」をご存じだろうか。材料に国産大豆と国産小麦を使い、千葉県野田市にあるキッコーマンの専用の醸造所で製造されている。1939年に宮内省(現宮内庁)に納めるために造った濃口しょうゆ。250ミリリットルで税込542円とやや高額で基本的に通販でしか手に入らない。80年経過した今も変わらぬ木桶で仕込むその伝統的製法。それは次の100年も同じである可能性が高い。

キッコーマンの堀切功章社長は100年後を見据え「伝統を守るだけの経営をするつもりはない」と語る
日本だけ見ればしょうゆ市場に厳しさも漂うが……
●国内しょうゆ市場としょうゆメーカー数の推移

 「(今も売れていて)100年後も売れる商品・サービス」の最初の候補は、しょうゆだ。日本を代表する調味料の起源は、弥生時代にまで遡る(諸説あり)。国内3割超のシェアを持つキッコーマンは17世紀半ば、江戸時代に始めたしょうゆづくりを原点とし、「調味料一筋」で3世紀以上を生き抜いてきた。

 今から100年後の世界には、人類は食事をせずとも、カプセルや点滴などで栄養補給し生きていける技術が完成しているかもしれない。だが、堀切功章社長は「食べることは、生きることそのもの。どんなに技術が進化しても、人間は食の楽しみを捨てない」と話す。たとえ技術的に可能でも、「食べずに栄養補給」という選択を全人類がすることはない、との考えだ。

 そうやって「料理」が永遠であれば、日本の食文化の基本であるしょうゆもまた不滅、と同社は考える。

 無論、100年後まで今あるすべてのメーカーが生き残るわけではない。

 実際、日本国内のしょうゆ市場(全体の出荷数量)は少子化などの影響を受け、1990年代の年約120万キロリットルからこの30年間で約3分の2まで縮小。しょうゆメーカーの数を見ても同期間で1000社近く減少している。

 キッコーマンと既に消滅したしょうゆ業者。その差はどこにあるのか。それは「100年後に生き残ることを前提に、100年後を見据えるか否か」にあるといえそうだ。

 確かに国内市場は縮小を続けるしょうゆ業界。だが堀切氏は、日本食が海外に普及する中、「次の100年は世界中の“人の口と胃袋の数”がキッコーマンにとっての市場になる」と話す。

 キッコーマンは現時点で連結売上高4535億円のうち、海外比率は60%に達し、営業利益ベースでも71%が海外だ。100カ国以上で同社のしょうゆが流通しており、今後は南米、インド、アフリカを“しょうゆフロンティア”と位置付け、販売を強化していく。

「伝統を守るだけの戦略」ではない

 また、食の変化や健康志向の高まりに合わせ、減塩タイプや香りを引き立たせた生しょうゆ、酸化を抑えるための容器への工夫などで革新を起こし続けてきた。最近はアレルギー対策や血圧を下げるしょうゆも投入。堀切氏は「伝統を守るだけの経営をするつもりはない。今後も未来を考え、イノベーションを積み上げていく」と話す。

 目先のことだけを考えて経営するか、未来をイメージして長期的戦略を描くか──。和菓子や旅館など同じ事業を展開していた老舗の明暗が分かれた要因も突き詰めれば、ここにある(PART1参照)。

日経ビジネス2019年12月9日号 42~47ページより