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「時代の環境変化に対応する」「伝統を守り磨く」──。語り継がれてきた長寿の方程式を実践していても、倒産する老舗企業が増えている。環境変化が目まぐるしい現代、企業が寿命を延ばすための方法などないのだろうか。

 山口宇部空港から電車やバスで約2時間の場所にある長門市の長門湯本温泉。街の中心を流れる音信川にかかる曙橋のたもとには、星野リゾートの新たな温泉旅館「界 長門」が2020年3月12日の開業に向け、ほぼ完成していた。

 武家文化を生かした「御茶屋屋敷」がテーマ。客室は藩主の部屋をイメージしたデザインで統一し、地元の特産である活イカなど旬の素材を生かした会席料理を萩焼の器で提供する。地域全体の再興を掲げ、宿泊客以外の人も利用できるカフェを併設する予定だ。

 「毛利藩主も訪れた歴史ある温泉地」として高度成長期に栄えながら、近年衰退が伝えられてきた湯本温泉は14年に宿泊客がピーク時の39万人(1983年)から半減。長門市が主体となって大規模再生計画に着手し、星野リゾートは2016年に計画策定を受託した。「界 長門」はまさにその目玉の一つで、来春の活性化に向け地元の期待は高まる。

“方程式”実践したのに倒産

 そんな地元再生プロジェクトの進展を、複雑な思いで見続けてきた人がいる。白木浩一郎氏。「界 長門」の建設場所に、かつてあった地元の名門旅館「白木屋グランドホテル」の「7代目当主」になるはずだった人物だ。

白木屋グランドホテルの跡地で完成に近づく星野リゾートの宿泊施設(左)。倒産当時、専務だった白木浩一郎氏(右)

 星野リゾートより約40年早い1865年に創業し、長い伝統を誇ってきた白木屋グランドホテル。「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」の料理部門の常連として名をはせ、将棋の名人戦が開かれたこともある。白木氏は2000年、6代目である父から家業を継ぐため総合商社から舞い戻った。

 だがそれから14年後の14年1月31日、同社は山口地裁から破産手続きの開始決定を受け、同2月4日、創業150年を目前に営業を終了した。負債総額は約23億円だった。

 古い歴史を持つだけで何の工夫もしない老舗企業が力尽きるのは珍しくはない。だが、白木屋グランドホテルは、産業界で語り継がれてきた“長寿の方程式”を真面目に実践してきた企業でもあった。その方程式とは、「企業の寿命を延ばしたければ、時代の環境変化に対応し進化せよ」というものだ。

 どんな経営の教科書にも載っている最もポピュラーな長寿の鉄則の一つと言っていい。お手本としてよく出てくるのが任天堂。1889(明治22)年に花札の製造から出発し、トランプやかるたにも事業を展開。が、高度成長期には業績が低迷し、何度も倒産の危機に直面した。

 そんな中、3代目の故・山内溥氏が「玩具のエレクトロニクス化」という環境変化に対応し企業規模を爆発的に拡大させていく話は今や世界中で知られる成功譚(たん)だ。

 設立85年の富士フイルムホールディングスも、任天堂に並ぶ「環境変化対応企業」として知られる。デジタル化によって祖業である写真フィルム市場がほぼ消滅したにもかかわらず、液晶テレビ用保護フィルムや医薬品、化粧品などへの多角化に成功し、エクセレントカンパニーの座を維持し続ける。

 「我々も環境変化に合わせ変えるべき点を考えて対応してきた」と白木氏は振り返る。

 もともと白木屋グランドホテルが得意としたのは、社員旅行などの団体客だった。1977年に増改築工事をして客室と宴会場を増やすと、その強みは磨かれ、80年代に地元を代表する老舗旅館となる。が、社員旅行の減少などで徐々に団体客が減少。90年代後半、ホテルの収益力は揺らぎ始めていく。

 そこで専務に就いた白木氏は、①個人客へのシフト②海外からの集客③サービス見直しによる人件費の削減④地元と一体のイベント開催──といった対策を矢継ぎ早に実践した。

 ①では、「4人1部屋で1人1万5000円」の基本料金を「2人1室で1人8000円」まで下げ、料理プランを多彩にし、②では、韓国や台湾からのインバウンド客の受け入れを積極化。さらに③では、食事を部屋食からレストラン食に変更するなどして仕事量を減らし、2000年に約40人いた仲居を最後は10人ほどにした。④では、例えばジャズイベントを開催。2日間で地域に約4000人の客を呼び込むこともできた。