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他社にない技術やノウハウを持ち、世の中に必要とされる中小企業は数多い。だが、今は経営環境が目まぐるしく変わる時代だ。普通に経営するだけでは生き残りは難しい。「ポスト大廃業時代」を見据え、独自の知恵と工夫を重ねる中小企業の動きを追った。

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 約3000社の中小製造工場が集積する新潟県の燕・三条地区。トップ工業(新潟県三条市)は、モンキーレンチやスパナといったプロ向け工具を、金型や鍛造も含めて製造している。売上高32億円、社員約130人で、戦前には戦闘機用部品を製造していた。ボルトやナットを締めるラチェットレンチにマグネシウム合金をいち早く取り入れて軽量にするなど、技術で業界をリードしてきた「必要とされる」中小企業だ。

 同社の技術力は、製品加工を依頼する地元の小さな町工場によっても支えられている。石井真人社長は昨年、そうした零細企業の一部に、自ら支払額の引き上げを申し出た。このままでは、時間をかけて築いてきたサプライチェーンが崩れ、自社の経営に重大な支障が出かねない、と判断したためだ。

トップ工業はプロ向け工具のメーカー(上)。石井真人社長(左)は一部の取引先に支払額の引き上げを申し出た

安すぎた加工賃を放置

 「事業を閉じたい」。きっかけは80歳を超えた個人事業者の廃業だった。下請け交代は時々はある。話を聞いた際は長年、研磨の作業を任せてきた取引先に感謝の気持ちが募るばかりだった。

 ところが新しい代替先を探しても見つからない。サプライチェーンの持続に不安を感じた石井氏は、全ての取引先が今後も事業を続けるのか、やめる場合はいつごろなのか、これまでどんな取引をしてきたのかを調べてみた。その結果、分かったのが、自社が取引先に支払っている加工賃に相場よりも相当安いケースがあることだった。

 比較的、規模の大きな会社とは定期的に価格交渉している。それに対し、一人親方のような小さな作業場では何十年も同じ価格で発注しているケースがあった。仮に同じ加工をトップ工業が手掛けた場合、どうやっても採算が取れない価格で発注している取引先も数社見つかったという。

 いずれも1〜2人規模の零細企業で、熟練したスキルを持つ職人ばかり。「加工賃を上げてほしい」とは言わずに、高い技術を持つベテランの職人が通常の作業者の何倍ものスピードで作業をこなし、黙々と安い加工賃をカバーしていたという。

 「それならば、変な話だが、こちらから加工賃の引き上げを持ち掛け、協力先の経営を安定させるしかない」と石井氏は考えた。

 加工代金を引き上げるとの申し出に、町工場の反応は様々。驚いた様子で「よく言ってくれた」という工場もあれば、恐縮した工場もあった。上げ幅は数%のものもあれば、加工費が1点数円と安価な場合は2倍にしたところもある。

 石井氏は長い目で見ると値上げはプラスになると考えている。熟練の技を持つ取引先が廃業し、同じ価格で仕事を受ける取引先が見つからないと、突発的なコスト増に直面する。あらかじめ調達コストを適正化しておけば、リスクが減らせる。「値上げによって、後継者不足に悩んでいる工場でも、『自分もやってみよう』という人が出るかもしれない」と石井氏は期待する。

 「大廃業時代」が本格化すれば、中小製造業の中から、「経営は順調でも、協力零細企業の廃業によって危機にひんする」という事例が出てくる可能性も高まる。その意味でトップ工業のように、自社の利益を減らしてでも零細取引先の実入りを増やし、サプライチェーン全体で一緒に生き残ろうとする動きは、今後、活発化するかもしれない。

日経ビジネス2019年11月25日号 40~45ページより