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10月から始まった政府のポイント還元制度で盛り上がりを見せる「キャッシュレス祭り」。だが、ひょっとすると、それは幻想かもしれない。祭りの裏では、すでに綻びが見え始めている。

(写真=上:loops7/Getty Images、下:竹井 俊晴)

 「キャッシュレスなんかできるわけないでしょ。レジも使えないんだから」

 10月下旬、岩手県釜石市。商店街の酒店でキャッシュレス決済ができるかと聞くと、店頭に立っていた男性は苦笑交じりにこう言った。視線の先には、店の奥に座る80代の男性。親子で家業を営んでいるというが、現金の管理は手書きの伝票で済ませているという。会計台にポツンと置かれたレジは、現金を保管する金庫代わりにすぎない。

 そんな状況では、10月に消費増税と併せて導入された軽減税率は業務の負担を増やすだけだった。この店では酒類のほかにも食品を扱っている。その数、計1000種類以上。息子は自分が店に不在のときでも、食品なら8%、酒類なら10%の税率と区別できるように、税込み価格の表示ラベルを付け替えた。国の補助制度を利用して新しいレジに替えることも考えたが、「高齢の両親は操作方法を覚えられない」と諦めた。

「だってここは老人クラブだもの」

 同じ商店街にある、カウンターと10席ほどのこぢんまりとした喫茶店も、現金だけでの商売を続ける。記者が訪れた日は、常連客という高齢の男性が、静かにコーヒーを飲みながらスロットゲームをしていた。終わると、ゆっくりした動作で1000円札を取り出し、お釣りを受け取る。なぜキャッシュレス決済に対応しないのか。店主の女性は「だってここは老人クラブだもの。誰も望んでないわよ」と言い切った。

 年金支給日の15日には350円のコーヒーを、銀行口座から下ろしたばかりの1万円札で会計する客も多いという。だから、その日はいつもより多めに釣り銭を用意する。政府のポイント還元策で「キャッシュレス祭り」が始まっていた10月15日もいつもと同じように、現金だけで決済した。

 日本中で盛り上がりを見せたラグビーワールドカップの試合会場にもなった釜石。外国人観光客の増加を見据えて、キャッシュレス化を進めた店舗ももちろんある。だが、釜石商工会議所が増税前に実施したアンケートでは、「小売り・宿泊・理美容店」で回答した143店舗のうち62店舗が「キャッシュレス決済を導入しない」とした。飲食関連では135店舗のうち66店舗に上った。

 「上手に活用できる店もあるが、キャッシュレスに極端なメリットがない中、強力に勧められない」と同会議所の佐々隆裕専務理事。釜石にとっては、キャッシュレス祭りは遠い都会の出来事のようだ。

 これは釜石に限った話ではないだろう。少子高齢化でそもそもスマートフォン(スマホ)を使った決済に慣れていない消費者が多い地方都市。「〇〇ペイ」の普及を旗印にキャッシュレス事業者がいくら「初期費用ゼロ」「決済端末の設定不要」と営業をかけても見向きもしない店舗は少なくない。

日経ビジネス2019年11月18日号 34~35ページより