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国民は愛憎半ばする視線

 まず考えられるのは、研究・人材開発に関する税額控除だ。例えば、自動運転やAI(人工知能)、バイオ、ロボットなど「新成長動力産業研究開発」と呼ぶ分野では、大企業が費用の20%を税額控除できる制度がある。金属、生産基盤、資源、半導体など「源泉技術研究開発」と呼ぶ分野も同様だ。これらの研究開発施設に投資をすると大企業は投資額の7%をさらに税額控除できるという。いずれもサムスンなど財閥の研究開発の中核になりそうなものだ。

 このほかにも研究・人材開発については、新成長動力などに認定されない一般のものでも、費用の前年比増加額の40%または費用総額の一定割合を法人税から控除できる。

 研究開発減税は日本にもあるが、大企業(資本金1億円超)でも研究開発費の6~14%で、韓国よりはかなり低い控除率になっている。文政権は17年に大企業の法人税率(国税のみ)を22%から25%に引き上げたが(18年から適用)、これらの控除はほとんど手を付けていない。「韓国は政権が(保守系と進歩系で)代わっても、研究開発を強く支援してきた」(韓国租税財政研究院)という過去の政策に沿った形だ。

 税額控除ではないが、企業が最終利益の一部を研究人材開発準備金として内部留保し、研究開発などに使うことを決めれば、その3%分を課税対象所得を減らす損金にできるという仕組みも13年末まであった。国際的にもほとんど見られない制度で、「税制による企業支援は先進国としては異例の手厚さ」(高沢修一・大東文化大学教授)と言われる。連結最終利益の1割近い税額控除は、将来への思い切った研究開発や投資判断の支えになるだろう。

サムスンの法人税負担は長く法定税率を下回っていた
●韓国の法人税率とサムスンの法人税負担率の推移
利益は伸びたが、国の支援である税額控除も増えた
●サムスンの純利益と法人税税額控除額の推移
出所:サムスン電子のアニュアルリポートなどを基に本誌作成

 サムスンの税額控除はもちろん正当なもので問題はない。だが、サムスンと国とは互いに影響し合う強い関係があると言えそうだ。大東文化大学の高安雄一教授によれば、サムスン電子の売上高は17年に国内全企業の6%、純利益は22.4%を占めている。これほどに巨大化すると、政府は景気対策や政策でサムスンを無視できない。国家資本主義的な支援の裏には景気のけん引役としての期待も潜んでいるはずだ。

 一方、韓国政府内ではかねて、サムスングループの統治構造に問題があるという声も強かった。世界に知られるグローバル企業なのに、李ファミリーが比較的少ない保有株でグループを支配する循環出資と呼ばれる統治構造の不透明さが長年指摘されてきた。

 ここ数年で公式にはその問題が解消されたことになっているが、PART3で指摘したように李ファミリーがサムスン生命とサムスン物産を通じてサムスン電子を支配し、そこからグループを統治する今の仕組みにはなお疑問の声が残る。政府はその改革よりも研究開発をはじめとした投資を促すことを優先し、サムスン側も応えた格好だ。国民も圧倒的な経済力と影響力を持つサムスンに反発しながら、「子供はサムスンに入社させたい」という複雑な感情を持つといわれる。文大統領選出時のようなサムスン批判も収まりつつある。

サムスンは韓国内で極めて大きな存在になっている
●サムスンと政府、国民の関係
(写真=Picture Alliance/アフロ)
日経ビジネス2019年11月11日号 42~47ページより