サムスンは国の支援を受けながら、自らも技術力を伸ばす独特の“協調”で強くなった。その手法はもう続かない。中国も企業を手厚く支援する国家資本主義で追撃している。高付加価値路線へかじを切るが、キャッチアップ型経営では難しい。

韓国中部の牙山(アサン)市。かつてはのどかな農業地帯だったこの町は近年、サムスングループのパネル生産の一大拠点となっている。その「サムスンタウン」を10月10日、文在寅(ムン・ジェイン)大統領が訪問した。
出迎えたのは李在鎔(イ・ジェヨン)副会長。文大統領を前に次世代パネル量産に13兆1000億ウォン(約1兆2000億円)を投じると発表した。文大統領は「サムスンが韓国経済を主導していることに感謝したい」と応じた。
国内への大型投資を表明して胸を張る大財閥の事実上のトップが、大統領と握手するさまは、常識的にはおかしなものではない。しかし、2017年5月に文政権が発足して以来、昨年あたりまではそうとは言えなかった。文氏は大統領選挙で「財閥オーナー家の支配力遮断」や「大企業が中小企業に対して値引き要請をするといった不公正取引の排除」など、サムスンをはじめとする財閥の徹底改革を訴えていたからだ。
韓国で進歩派と呼ばれる左派は、保守系よりも財閥に厳しい。進歩派に属する文大統領もその例に漏れなかったのだが、「(財閥改革で)実行できたものはほとんどない」(朴相仁=パク・サンイン=ソウル大学行政大学院教授)と言われる。それでいて文大統領が李副会長と会うのは就任以来、10月10日で9回目とされる。財閥改革を掲げていたはずが、途中からむしろ密接になっているようにみえるほどだ。
利益を押し上げた税制支援
財閥にとって国との密接な関係は大きな意味を持つ。韓国政府は8月末に発表した20年度予算案で、素材や部品の国産化に約24兆1000億ウォンを盛り込むなど全面的な企業支援を打ち出した。国内最大財閥のサムスンは当然、最も大きな恩恵を被るはずだ。
文大統領の財閥への接近と大型支援の背景には韓国経済の低迷がある。韓国の実質GDP(国内総生産)成長率は17年の3.2%から18年に2.7%に低下。19年1~3月期には前期比年率でマイナス0.4%と17年第4四半期以来のマイナス成長に転落し、青瓦台(大統領府)と経済界に衝撃を与えた。景気の悪化を受け、「サムスンによる大型投資や雇用拡大を期待し、関係改善を図っているのではないか」(向山英彦・日本総合研究所上席主任研究員)と言われる。
文大統領を動かしたもう一つの理由が今年7月に表面化した日本の輸出管理の強化だ。日本政府は半導体や有機ELの生産に必要なフッ化ポリイミド、フッ化水素とレジスト(感光材)などの重要品目について、韓国側の貿易実務の現場で不適切な事例があったとして輸出管理を強化した。
文大統領は猛反発し、3品目を含む重要素材100品目の国産化や日本以外の国からの調達を推し進めることを決めた。ここでも研究開発のリード役となるサムスンの協力が欠かせなくなる。
これだけ見ると、政府とサムスンは突然接近したかのように映るが、過去を振り返ると違う姿が浮かぶ。政府は長く、サムスンなど財閥を育成・支援しており、国家資本主義とも言える側面が強いのだ。1960~70年代、遅れた経済を挽回するため効率よく産業を発展させようと、財閥の成長を促す政策を続けた名残といわれる。
本誌は今回、サムスン電子のアニュアルリポートを分析してみた。すると、法人税の納税額を引き下げる効果がある税額控除が2009年から18年までの10年間で日本円に換算して約1兆5550億円にも上ることが分かった(次ページグラフ参照)。この分は法人税を軽減することになるから純利益を押し上げる。同期間の連結純利益の合計は約22兆4840億円で、約7%押し上げられた計算になる。
巨額の税額控除が何を理由とするものなのかは開示されていないので定かでないが、韓国の法人税制と突き合わせてみれば、大まかな推定はできる。
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