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批判の多い日本型教育だが、専門家の中には、その有効性を指摘する声も少なくない。それでも現実に人材力低下が叫ばれている以上、現状に甘んじるわけにいかないのは明らかだ。国は新しい教育を模索し、企業は自前の育成システムを再構築する。日本の競争力回復はそこから始まる。

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 国民にあまねく「社会で生きていく必要最低限のスキル」を身に付けさせる上で、日本の教育には2つの課題があると指摘してきた。教育費の抑制(無償化)と、「子供たちの学ぶ気持ち」の喚起だ。そして、スウェーデンが、教育システムを徹底的な「実学主義」にすることで、2つの課題の解消に挑んだ点にも既に触れた。

 だとすれば、日本の教育も、幅広い教養を学ばせ将来を模索させる現行のやり方から脱却し、幼い頃から将来を意識させ必要な知識を学ばせる北欧型へ舵を切るべきなのか。結論からいえば、それも必ずしも正しいとは言い切れない。

実学だけでは時代に適応できず

東京大学では入学すると全員が教養学部の所属となる。太田邦史学部長(左)は、1~2年生の教養学部時代のいわゆる「遊びの時期」が人間の幅を広げると語る(写真=右:PIXTA)

 「人生の中で若い時期に“遊びの期間”を持つことは、人間の幅を広げるため重要」。東京大学の太田邦史・教養学部長はこう話す。東大では入学すると、全員が教養学部で学ぶ。専門性の高い医学部であれ、法学部であれ例外はない。スウェーデン型の大学教育にはないシステムだが、今後も仕組みの大枠を変える予定はない。

 「専門的なことを学ぶだけでは人間の幅が広がらない。様々な物事を学んで人間の幅を広げれば、真理探究の力が身に付く。そうして初めて、環境が変化しても適応する人材になれる」と太田氏は指摘する。

 太田氏自身、分子生物学分野が専門にもかかわらず、東大在学中は教養学部で学ぶことに対し「何のためにこんなことをやるのか」と疑問に思っていた。しかし、2005年に研究成果を生かすベンチャー企業を設立し、会社を経営していく過程で、“遊びの期間”に得た知識と経験が大きく役立ったという。「リーダー的立場にでもなれば、例えば宗教や文化人類学を学び他者の価値観を理解していないと、高度な決断などできるわけがない」(太田氏)

 ここからの先の世界は、まさにあらゆる環境が変化していく。技術革新は加速し、日本は少子高齢化によって国の形そのものが変わっていく。そう考えれば、今まではともかくここから先は、日本型教育が有効に機能する日が訪れるのかもしれない。

 そもそもPART3でも見たように、「実学主義の教育システム」も、完全無欠とまでは言い切れない。ストックホルム大学で若者政策を学んだ文教大学の両角達平氏は「スウェーデンでは学生の勉強への意欲は高い」としつつ、「向こうでは学園祭もサークル活動もない。あえて言うなら、そういった部分は日本型教育の良さだろう」と話す。

 そうは言っても、国際競争力や人材力の低下が叫ばれている以上、日本の教育が今のままでいいはずがないのも明らかだ。「実学主義への転換」という選択肢を採らないにしても、現状の日本型教育に甘んじることなく、新しい教育スタイルを何としても模索していくことが欠かせない。

 大学制度の見直しや幼児教育の強化、英語教育の導入、教育カリキュラムの刷新、教師の育成システムの再構築などを推し進め、国が新しい教育システムを確立し効果が表れるまでには、長い時間が必要だ。その間、企業は手をこまぬいているわけにはいかない。ではどうすべきか。産業界では、かつて日本経済の成長を支えた企業自前の育成システムを再構築する動きが広がりつつある。

 JR甲府駅から延びた目抜き通り沿いにある山梨大学甲府キャンパス。10代後半から20代前半の若者たちでにぎわうキャンパスを裏手に回ると、緑に囲まれた小さな農園がある。生い茂っているのはブドウの樹だ。ここ、山梨大学ワイン科学研究センターで学ぶのは学生だけではない。平日の夕方や週末になると、山梨県内外から十数人の社会人が集まってくる。同センターの柳田藤寿教授らが開講する「ワイン・フロンティアリーダー養成プログラム」を受講するためだ。

 集うのは、勝沼醸造や中央葡萄酒といった県内の有名中堅ワイナリーや地場の小規模ワイナリーに加え、サントリーなど大手ワインメーカーの醸造技術者たち。長野や東京といった遠方から通う受講生もいる。これまでに約90人が修了した。

日経ビジネス2019年10月28日号 52~55ページより