AIなどデジタル技術を活用して生産性を大幅に高めた米鉄鋼スタートアップ。日本流のカイゼン活動で、日本の大手企業の信頼を勝ち取ったタイ企業。日本の現場力は世界で一番。そんな認識はもう幻想なのかもしれない。

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 経済産業省の「ものづくり白書」によれば、日本の製造業の1人当たり名目労働生産性は2017年に1104.5万円だった。これは1997年から19%増えたことを意味する。少子高齢化による構造的な人手不足にも、ロボット導入などの自動化などで現場は生産性を高めてきたことが分かる。

 だが、これで満足するわけにはいかない。米国にはAI(人工知能)など最新のデジタル技術の活用で、段違いの生産性を誇る企業が出てきたからだ。

 米南部アーカンソー州オセオラ。人口7000人弱の農村に不釣り合いなほどの巨大鉄鋼工場が本格稼働したのは2017年1月のことだった。

 工場を立ち上げたのは、米鉄鋼スタートアップ、ビッグ・リバー・スチール(BRS)。ここで、工業製品から出るスクラップ鉄を電炉で溶かして薄板を作る。一般に、電炉で作る製品は、高炉で粗鋼を生産する大手鉄鋼メーカーの製品よりも品質が劣り、大量の電力を消費するため、割高とされてきた。だが、14年にBRSを創業したデービッド・スティックラーCEO(最高経営責任者)は「電炉では良い鉄が作れないなど『神話』にすぎない」と強調、質の高い価格競争力のある製品を提供できていると主張する。

 秘密は米サンフランシスコに本社を置くAIスタートアップ、ヌードル・エーアイと共同開発したAIにある。BRSの工場の一連の設備に取り付けた様々なセンサーから収集した製造データと、完成した製品の品質データを突き合わせることで、どんな生産条件にすれば、より良い製品が作れるかのノウハウを磨いている。

 驚くのはその生産性の高さだ。BRSの18年の1人当たり生産量は3250トン。日本製鉄単体の19年3月期のデータを基に1人当たり生産量を割り出すと1331トン(従業員数は嘱託・臨時員を含む)。電炉と高炉では作り方が異なるため、一概に比較はできないもののBRSの工場は単純計算で日本製鉄の3倍弱の生産性があることになる。

 デジタル技術による生産革新だけではない。同社には社員のやる気を引き出す仕掛けもある。時給ベースで最大280%増に膨らむ報酬制度だ。設備の稼働率や製品の品質を上げれば、その分、給与も上がる仕組み。例えば、時給15ドル(約1600円)の現場スタッフでも、頑張り次第で時給は57ドルになる。結果、同社従業員(全職種ベース)の平均年収は13万2000ドルと、周辺地域の平均の3.5倍を誇る。

 祝日であっても、設備に不具合が発生すれば、現場に駆け付ける従業員もいるというBRS。労働組合が強力な発言権を持つ米国では、修理は機械メーカーの仕事領域だとして、現場の担当者が対応することは通常では考えにくい。だが、BRSは「様々なスキルを持つ優秀な社員がそろっている」(ベテラン従業員)強みと、頑張れば頑張るほど報われる仕組みを通じて、現場が自ら考え適切な行動を取ることができる。

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