
将来への危機感から、学び直しの門をたたく人が出てきた。喫緊の危機が迫る50代だけでなく、その波は、より意識の高い40代、30代にも及ぶ。リカレント教育、副業、出向、そして独立……。会社の外へ、一歩を踏み出し始めた。
「あなたたちは定年同期です」──。
2019年7月18日、東京・西新宿にあるテルモ東京オフィスの会議室に集まった28人の同社社員は、こう言われて互いの顔を見合わせた。共通点は今年50歳の誕生日を迎えることだけ。部署も役職もバラバラだ。参加者は、ニックネームで呼び合うのがルールだ。定年を迎える「同期」として現実と向き合わせるのが目的だ。
テルモが50歳になる社員を対象とする1日半の研修を始めたのは昨年から。19年度は約200人が対象で年6回に分けて実施する。社員アンケートから、50歳前後の社員がキャリア形成の不安を抱え、成長意欲が低下している様子も浮かび上がっていたからだ。
研修では「社外に通用する得意分野を持っているか」「周囲の人たちはあなたの判断を信頼しているか」などの設問に答え、人生の充実度の推移をチャートにするなどしてキャリアを棚卸しする。「研修で自身の価値観や能力、可能性に気づいてもらいたい」と人財開発室の神田尚子課長代理は期待する。

会社から与えられてきたキャリアを、自ら切り開くものとして再定義しなければならない──。そんなパラダイムシフトが中高年社員に訪れている。
環境に応じて変幻自在のキャリア(プロティアン・キャリア)を築くことを提唱する法政大学キャリアデザイン学部の田中研之輔教授は、「会社の名刺や肩書は一時的な借り物にすぎなかったと自覚するために、まずは『解毒』が必要だ」と話す(下図参照)。
キャリア研修はその第一歩となる。国も中高年向けのキャリア形成支援に乗り出す。20年度から全国でキャリアコンサルティングを実施する予定で、関連費用17億6200万円を20年度予算概算要求に盛り込んだ。
こうしたキャリア研修を経て解毒した中高年社員が向かう先は、会社の外での自己研さんだ。その一つが学び直し、いわゆる「リカレント教育」である。

東京・中野にある社員数百人の建築設計会社に勤める秘書室長の小林幸隆氏(仮名)は今年、56歳になり役職定年の対象になった。昨年、会社が定年制を廃止。今夏、上司に「長く働きたいなら社会人大学にでも行ったらどうか」と勧められた。小林氏は「最初は戸惑った。でも、いつまでも働き続けたいとの思いは前からあり、チャンスだと考えた」と笑顔を見せる。外での学びも生かし、これまでの経験やノウハウを部下に継承していきたい考えだ。
一方、役職定年など厳しい現実に備え、早めに学び直してキャリアを磨き直そうという人もいる。大手化粧品メーカーに勤める高橋博氏(仮名)は、47歳で自身の専門性を深掘りするために社会人向け大学院に入学した。「それまで現場で培ってきた暗黙知を、理論的に体系づけたかった。そうしないと会社がグローバル化を進める中で、この先、社内外で通用しなくなる」と話す。
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