カゴメのある営業部員の評価シートを見て、有沢正人常務執行役員は驚いた。同社に転じたばかりのころだ。
上司からのコメントは「よくできている」の一言だけ。それでも評価は「B」だった。他の部員も同様に定性的なコメントが並んでいた。まるで、小学校の通信簿じゃないか──。
有沢氏は、典型的な日本型雇用の会社を次々と改革している「人事のプロ」だ。カゴメに入社したのは2012年1月。半年かけて国内外の拠点を回り、数えきれないくらいのヒアリングを重ねて、こう確信した。「こりゃ、良くも悪くも典型的な日本企業だな。今までであれば良い企業。でも、時代遅れだ」
絵に描いたような年功序列だった。年間の人事評価ではAが5ポイント、Bが4ポイント、Cが2ポイントで、累計16ポイント獲得すると次のグレード(等級)に昇格する。当時、社員の85%がB評価でC評価は数人だけ。つまり、同期なら同じように4年に1段ずつ階段を上がる。結果、50代が多くのポストを押さえ、下の層が滞留していた。
役職定年制度もなく、どうしたらこの状況を変えられるか。現場をけん引する30~40代のモチベーションを考えると、「50代の処遇をどうするかが、喫緊の課題だった」(カゴメ関係者)。
役員から「ジョブ型」へ転換
有沢氏の仕事人生は波瀾万丈だ。1984年に協和銀行(現・りそな銀行)に入行し、米国で経営学修士(MBA)を取得した後、長らく人事・経営企画畑を歩いた。転機は2003年。経営難に陥ったりそなホールディングスの会長に就いた細谷英二氏から「人事こそが悪の権化だ」と名指しで指摘された。
人事部副部長兼総合企画部副部長という肩書で経営の中枢にいた有沢氏は、平均4割の給与カットと1100人のリストラの計画を立て、実行した。尊敬する先輩や、目をかけていた後輩……。最後の1人が辞めると、有沢氏はその責任を取って辞表を出した。
この経験から、有沢氏はプロの人事マンとして3つのポリシーを決めた。
一、現場に足を運ぶ
二、改革は経営トップから
三、フェアであれ
その後、光学部品メーカーのHOYA、AIU保険会社と渡り歩き、抜本的な改革を実行。そして今、カゴメでCHO(最高人事責任者)として辣腕を振るう。ゴールはどれも同じ。「ジョブグレード(職務等級)制度」の導入だ。
日本企業の多くが採用しているのは職能資格制度など、「人」に給与を支払う方式だ。経験とともに個人の能力が上がるという前提に立ち、年功序列に陥りやすい。
対照的に、職務等級制度は「仕事」に給与を支払う。営業部課長、生産部部長といった仕事の中身を分解してグレードを分け、それに応じた報酬を決める。欧米では主流で、「ジョブ型」と呼ばれる。
12年夏、有沢氏は経営陣にこう宣言した。「まずは役員陣から職務等級制度を導入したい」。そうしなければ現場は納得しないからだ。
カゴメのポストは役員が20、部長が80、課長が270。合計370の「仕事」の内容を8項目のスキルを軸に分析し、12のグレードに格付けした。その上で、13年に役員、14年に部長、15年に課長と、上から順に導入。典型的なジョブ型の制度に3年でがらりと変えた。
評価も是々非々で判断する枠組みに見直し、年齢ではなく成果に応じた昇給とした。
年功的要素の廃止で、「50代問題」は理論上なくなった。職務に見合う仕事をしている50代は引き続き要職に残り、子会社の社長などに若手が抜擢されるなど、年齢を問わずフェアな人事が実行されるようになってきた。
立教大学経営学部の田中聡助教は「年齢主義を廃止すれば、そもそも50代問題は起きなくなる。だが、カゴメほど抜本的にジョブ型に移行した事例は日本ではまだ少ない」と話す。
雇用改革は個人の人生を左右するほどの重みがある。有沢氏のような外部出身の“プロ”ならしがらみはないが、多くの企業は現実解を導き出そうと試行錯誤中だ。ここからは一筋の光明を見いだした5社の事例を見ていこう。
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