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1990年から30年にわたる経済停滞の主因は日本企業の「3低」経営だ。投資と賃金を抑え、その結果としての効率の低さと売上高の伸び悩みを甘受する。ひたすらリスクを避け、生き残りを図る縮小均衡経営から脱却する時だ。

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 30年に及ぶ長期停滞の原因はどこにあるのか。

 確かに市場環境は厳しさを増した。1990年のバブル崩壊による国内市場の冷え込み、さらに半導体や電機などを中心とした韓国の追い上げ、2000年代からは中国も加わって国際競争は激化し続けた。1996年から生産年齢人口減、2011年からは総人口の減少という国内市場の停滞が重なり、状況はさらに悪化した。

投資を手控え、賃金を抑えたが、効率性は上がらなかった
●1990年以降の日本企業の経営と業績の変化
注:「賃金」は2015年平均を100とした指数。ピークの1997年1月は115.9に達していた
出所:「投資」は日本政策投資銀行。同行が算出した簡易キャッシュフローに対する設備投資額の比率。「効率性」は財務省「法人企業統計」を基に本誌作成。「賃金」はクレディ・アグリコル証券
(写真=PIXTA)

 これらがもたらしたのは、わずかな投資や経営判断のミスが大企業といえども命取りになりかねない状態である。だからだろう。企業経営者は年を追ってリスクに敏感になり、投資や人件費増に抑制的になっている(上図参照)。戦後日本経済をけん引した電機産業の代表的企業といえるパナソニックにも、その典型のような動きがみえる。

トヨタと提携でリスクヘッジ

 「赤字事業への抜本的対策を進め、全社で1000億円の固定費削減を進める」

 今年5月9日、パナソニックの津賀一宏社長は、東京都内での19年3月期決算と22年3月期まで3年間の新中期経営計画の発表の席で淡々とこう述べた。津賀社長といえば、12年6月に就任したその年に2期連続となる7000億円台の最終赤字を計上したが、その後の改革で業績を立て直してきたはずだった(下のグラフ参照)。

日本企業は業績回復で投資を増やし、悪化すると減らすことを繰り返した
●パナソニックの業績と設備など購入額の推移
注:設備など購入額は投資キャッシュフローの中の有形、無形固定資産の取得による支出など(写真=アフロ)

 就任早々の大赤字は、大坪文雄・前社長時代の09年に子会社化した三洋電機(11年に完全子会社化)やテレビ、携帯電話事業の不振などで巨額の減損損失を出したためだ。

 この時、津賀社長は就任から時間をおかず携帯やテレビの海外工場や事業を縮小。13年4月には2代前の中村邦夫元社長時代の01年春に“廃止”された事業部を復活させるなど矢継ぎ早の改革を実行し、成果を上げた。

 ところが、成長の柱と期待した車載電池事業で、米EV(電気自動車)メーカーのテスラと共同運営する電池の米国工場の負担増や、欧州のテレビの苦戦などが重なり、20年3月期の純利益予想を2000億円と前期比30%減に引き下げざるを得なくなった。

 テスラに供給する電池事業での負担増は予想外であり、「急成長シナリオを描いていた電池事業へのリスク対応力不足」を認めたが、一方ではしぶとい危機回避力も見せた。テスラとは別のタイプの車載電池を供給するトヨタ自動車と今年1月には同電池事業を、5月には住宅事業の統合も発表している。しかも電池新会社の出資比率はトヨタが51%、パナソニックは49%にしている。

 全体の投資額は仮に同じでも、分担することで両社ともリスクは抑えられるから事業は継続しやすくなる。その効果は小さくない。

 一昔前なら自前主義で貫徹していた設備投資を共同出資にしたのは、かつての苦い思いがあるからだろう。

 パナソニックは00年代前半、「破壊と創造」を掲げた中村元社長が、肥大化して動きが遅くなっていた事業部を解体。さらに事業の重複が目立っていた松下通信工業をはじめとしたグループ会社を02年に完全子会社化するなど、事業の整理・効率化と人員削減で業績を大きく向上させた。

 しかし、04年から兵庫県尼崎市に薄型テレビ用などのプラズマパネル工場を計5000億円以上の巨費を投じて建設したことが裏目に出た。より安価な液晶が大型化し、プラズマはテレビの規格争いに敗れたのだ。次の大坪前社長時代には、車載用電池や太陽光パネルに強みを持つ三洋電機を約6648億円で買収したものの、前述のように大幅減損を出す結果となった。

日経ビジネス2019年10月7日号 34~44ページより