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MMTに象徴される「大きな国家」に反発し、新たな“国”の建設を進める一団がいる。「自由市場」「最小国家」「社会的寛容」を重視する米国のリバタリアンである。小規模州の“乗っ取り”と海上都市構想──。リブラ登場の裏で既存のシステムが揺らぐ。

 「異端」の学説なのか、それとも現代の「地動説」なのか──。今春以降、政治家から経済学者、金融当局者まで、幅広い専門家の間で大激論を巻き起こしている理論がある。現代貨幣理論(Modern Monetary Theory:MMT)だ。

 その解説は下の囲み記事に譲るが、「自国通貨建てで政府が借金しても、高インフレにならない限り財政赤字は問題なく、インフレになったとしても増税や政府支出の減少でコントロール可能」というのが基本的な主張だ。その成功例として、日本が引き合いに出されることも少なくない。国と地方を合わせた財政赤字がGDP(国内総生産)の2倍もの規模に膨れ上がっているにもかかわらず、目立った混乱が起きていないからだ。

話題の「MMT」とは何か?
トンデモ理論か社会的弱者の星か

MMTを提唱するケルトン教授(中央)は、民主党の大統領選候補の座を争うサンダース上院議員(左)のアドバイザー(写真=UPI/アフロ)

 米国で起きた現代貨幣理論(MMT)を巡る議論。日本でも信奉者がいる。京都大学大学院工学研究科の藤井聡教授もその一人だ。公共事業による景気浮揚を持論とする藤井氏は「財政赤字を懸念せずに政府支出を増やすべきだ」と主張する。財政再建の必要性が叫ばれるほど借金が積み上がった日本では、公共事業は削減すべき対象とされてきたが、MMTによれば国債を発行して、積極的に公共投資などを推し進めることが可能になる。

 MMT論者は、通貨発行権を持つ国家は債務返済に充てる貨幣を創出できることから、財政赤字で国は破綻しないとする。自国通貨で国債が発行できて、国内で消化可能な国は、インフレが問題化しない限り、財政赤字や政府債務の制約を受けず継続的に財政出動ができると主張する。

 提唱者の一人は米ニューヨーク州立大のステファニー・ケルトン教授。同教授は2020年の米大統領選に向けた予備選で民主党候補の座を争うバーニー・サンダース上院議員のアドバイザーでもある。サンダース議員は格差解消を掲げ、米国の若者の間で人気がある。米国でMMTが注目される背景には格差の問題もある。財政悪化が続く中で、「弱者」への支援に財政支出を拡大できる理論的根拠にもなるからだ。

 積極的な財政政策によって民間の需要を喚起することで経済を活性化させようとするMMT。需要不足が景気の足を引っ張ると考える点では主流派経済学と違いはないが、財政悪化はドイツなど一部を除き、各国が抱える課題だ。

 もっとも、一定の条件の下で、際限なく借金ができるという過激な理論に対して異論は強い。ラリー・サマーズ元米財務長官は「MMTは様々なレベルで間違っている。ハイパーインフレや通貨の暴落につながる可能性がある」と警鐘を鳴らす。日本では日銀の黒田東彦総裁が「財政赤字や債務残高を考慮しない考え方は極端な主張で、受け入れられない」と述べている。

 にもかかわらずMMTに対して、ある種の“期待”がくすぶるのは、これまでの金融政策中心の経済政策に限界が見え始めているからだろう。08年に発生したリーマン・ショック後、各国では財政出動とともに金利を大幅に引き下げ、マネーを大量に供給する量的緩和にも踏み切った。その結果、危機は脱したものの、インフレ率は高まっていない。

 一方であふれたマネーは株式や土地などに向かい、資産価格が上がるばかりとなっている。裏返して言うと、お金以外の資産のほうが高く評価されているということでもある。MMTによって国家の通貨発行権が“乱用”されるようになると、通貨に対する信任にも影響しかねない。

 経済学の「天動説」と「地動説」という例えが出るように、MMTは主流派経済学の常識からかけ離れている。

 主流派経済学のコンセンサスは中長期的に財政は健全化させるべきで、財政赤字は望ましくないというもの。それに対して、MMTを支持する人々は通貨発行権を持つ国家は債務返済のために貨幣を創出できるため、財政赤字の規模はことさら問題視する必要はないと考える。

 リブラ構想をきっかけに「お金=法定通貨」という現代人の常識が揺らぎ始める中で展開されるMMTの議論。それはお金にまつわる権限を一手に担ってきた国家の存在意義を問い直すことにもつながりかねない。

日経ビジネス2019年9月30日号 42~47ページより