一社は「商談の際、家族に同席していただいたり、通常は一定以上の金額で交わす注文書を金額にかかわらず確認したりしている」と回答。もう一社は「ご家族の同席を得るか、外商担当者が複数で訪問し、1対1にならないようにする」といった対策を取っていた。

 ただ、こうした一貫した対応をしていない百貨店にも言い分はある。「本人が『買いたい』と言っているのを止めるのは、小売業としては難しい」。ある大手は打ち明ける。何を買おうとしているかを勝手に家族に伝えていいのかというプライバシーの問題もあるという。

 多くの百貨店は「判断力があるかないかの判断はケースバイケースであり、一律にはできない」との立場だ。本人の認知能力に担当者が不安を感じた場合には家族に連絡したり、逆に家族から様子がおかしくないかと相談された時には販売しないようにしたりと、現場レベルで対応している。

 マーケティングに詳しい上智大学の新井範子教授は「企業はこれまで『いかに売るか』だけを追求してきた」と指摘する。「認知症の人などに『どうやって意にそぐわない買い物をさせないか』は検討されてこなかった」という。

金融サービス届ける必要

金銭面で問題が起きてくる
●認知機能低下で起こりがちな事象
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出所:大和総研
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 高齢者取引を巡るトラブルが百貨店と並んで多いのが金融業界だ。

 「証券会社社員が特別養護老人ホームに入居する認知症の80代の男性の株券や現金を無断で持ち出し、1億円以上の損害を与えた。地裁は証券会社に賠償を命じた」「信託銀行の行員が、70代の女性にリスクの高い投資信託約2100万円分を販売した。女性は難聴で、ほとんどの話を理解できなかったが『銀行なら安心だろう』と考え購入したところ、2年後、価値が半分になった。地裁は『原告の実情と意向に反し、危険を伴う取引を勧誘した』と認定した」──。いずれもこの10年ほどの間に報じられた金融機関の不祥事だ。

 日本証券業協会(東京・中央)はトラブルの頻発を受け、2013年に業界の自主規制となるガイドラインを制定した。75歳以上の顧客に株式投資信託などを販売する際は役職者による事前承認を必要とし、営業当日には注文を受けないといったルールを定めた。

 認知症が疑われれば販売しないのは当然だ。しかしガイドラインにのっとると「すべての高齢者に金融サービスをまったく提供してはいけないという意識になりかねない」と懸念する声はかねて金融機関から挙がっていた。ガイドラインは75歳以上、80歳以上など年齢で区切っているが、若い頃から投資を続け、生きがいや趣味としている高齢者もいる。野村証券の山賀賢司営業企画部長は「高齢化が進み平均寿命も延びる中、高齢者にも多様なニーズに合わせた金融サービスを届ける必要があるのではないだろうか」と話す。

 そこで野村証券は「ジェロントロジー(老年学)」と呼ばれる学問に着目した。医学や生物学、社会学、心理学などから、老年期に発生する問題を研究する分野だ。今年4月には持ち株会社の野村ホールディングスが慶応義塾大学などと共同で、高齢者の資産管理や運用の課題を研究する「日本金融ジェロントロジー協会」を立ち上げた。年齢ではなく、商品のリスクを理解し、判断できる顧客とそうでない顧客をどう線引きするのかという解が見つかりにくい問題の検討を始めている。

 野村証券は加齢による体や考え方の変化、金融資産の管理の在り方など、高齢の顧客について基礎的な知識を学んだ営業担当者を全国の支店に計180人配置した。その地域から異動する可能性が少ない30~40代の社員が中心で、彼らには収益目標を持たせていない。高齢の顧客と時間をかけて対話すると同時に、家族とのつながりを強めていく。金融商品の販売額に拘泥せず、まず悩みを聞き、いずれ販売に結びつけばいいという姿勢だ。

 日本は家計金融資産の6割以上を60歳以上の世帯が保有しており、金融業界にとって高齢者への対応は本来、収益源といえる。しかし、無理に営業をかけることはできない。各社各様の取り組みが始まっている。

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