安易な従来型の引き留め策は、かえって優秀な人材が離れる理由になる。ならば、企業はどんな手を打てばいいのか。まずは既存の離脱防止策を再点検すること。その上でテクノロジーの力を借りることだ。
総合商社のF社に勤める若手社員、吉本春樹氏(仮名)に対し昨年度発令された辞令は、本人だけでなく周囲も驚かせた。海を隔てて遠く離れた某都市への国外駐在を命じられたのだ。
「商社なら海外での仕事は当たり前」と思う人もいるかもしれない。が、たかだか3年未満のキャリアしかない吉本氏のような若手が、語学研修以外で海外に実戦配備されるケースは同社では極めて珍しい。学生時代に赴任国の経済を専攻していたなど、特殊な事情があったわけでもない。
会社側の真意を測りかねながら赴任した吉本氏は、現地に着いてさらに驚くことになる。事前に思い描いていた優雅な海外駐在のイメージと、実態は大きく違っていたからだ。
過酷な環境にあえて放置
待ち受けていたのは繁華街の一角にある雑居ビル。現地の物価は思ったより高く、豪華な部屋など借りられず、“手足”となってくれるはずの現地スタッフもいない。吉本氏はこんな環境でほぼゼロから現地経済を勉強し、生活基盤を自ら築きながら、F社が投資すべき知られざる地元有望企業を発掘する任務を与えられた。残業などという概念はもはやなく、24時間仕事のようなものだ。先輩の日本人社員もいるが、多忙のため吉本氏の面倒をいちいち見てくれるわけではない。
それから数カ月がたった。吉本氏はどうなったのか。
「仕事が楽しい!」。スマホからはそこはかとなく元気な声が聞こえてきた。
「東京にいたときより1人でカバーする仕事の領域が広がった。取引先に単身乗り込み、ここに来てからさらに上達した語学で交渉もこなしている。日々壁が生まれ、日々成長できるのがうれしい。3年で離職? 今はこの仕事以外考えられない!」
吉本氏の人事プランは、直属の上司と人事が“仕組んだ”ものだ。入社以来、吉本氏は業務を的確に処理する力と仕事への熱意の両面で、同期の中では頭一つ抜きんでていた。しかし一方で、上司は「同期と一緒に“下積み”のような仕事をする毎日に、吉本は物足りなさを感じているのではないか」とも思っていたという。
吉本氏に簡単に辞めてもらうわけにはいかない──。そう考えて打ち出した“引き留め策”が、海外での過酷な修行プランだったというわけだ。
言うまでもなく、こんな離職防止策は、「今どきの若者はこらえ性がない」「待遇がちょっとでも悪いと辞める」「労働時間が長いのは嫌がる」などといったステレオタイプで考えていては、離職が怖くて実施できないプランだ。F社が思い切った決断を下せたのは、恐らく「同じ若者でも、有能人材と一般人材では退職を決断する理由が異なる」という事実に気付いているからに違いない。
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