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若手社員の流出が止まらぬ中、企業は様々な手を講じている。だが中には、特に優秀な人材の引き留めに対し十分な効果を得られない工夫も少なくない。多くの企業が実施している従来型若手定着術の盲点を展望する。

1カ月未満で「体験入部」が決まるケースも多い
●一般的な企業とサイボウズの異動スケジュール例
(写真=アフロ)

 人材定着のための工夫を企業に尋ねると、よく挙がるのがコミュニケーションの充実だ。膝を突き合わせて意見交換をする機会を増やせば、人材育成や社員の離職兆候発見につながるとの考えから、ヤフーは2012年から毎週1回30分間、上司が部下と1対1で話す「1on1ミーティング」を続けている。

 しかし人材定着の専門家である青山学院大学経営学部の山本寛教授によれば、「1on1」の導入には落とし穴がある。

 「陥りがちなのが、部下の異変を探るための機会が、単なる進捗管理に使われてしまうこと。部下は頻繁に仕事の状況を問い詰められる上、目の前の仕事に取り組む時間を奪われる。面談の回数の増加がかえって、部下の不満をためてしまう可能性がある」(山本教授)。既に自分の課題ややるべきことを自覚できている優秀な人材であれば、そうなる傾向はさらに強まるだろう。

 ヤフーのように「1on1」を人材育成・定着に結び付けるには、面談をする上司へ「短い面談時間でいかに部下の心境を知り改善へ結び付けるか」などの研修が不可欠。いたずらに顔を突き合わせても意味がないというわけだ。

「希望」だけ聞いても無意味

 「形だけでは無意味」という点では、人材定着術の定番「異動希望調査」にも同じことが言える。

 ある程度の規模の企業なら、定期的に社員の異動希望を聞いているはず。だが、伝えた希望が通るならともかく、聞き入れなければ、かえって離職願望を芽生えさせかねない。そして、そうなった際、有望人材ほど会社の外に受け皿がある分、行動に移す可能性が高い。PART1に登場した山口氏のケースはまさにそれだ(33ページ参照)。

 そんな状況を未然に防ぎ、異動希望調査を定着率向上に結び付けたいなら、申告してきた社員の望みを可能な限りかなえる体制を先につくることが必要になる。その先駆企業が、グループウエアを手掛けるソフトウエア開発会社のサイボウズだ。

 「異動制度の存在は知っていたが、実際に活用してそのスピードに自分の会社のことながら驚いた」。同社の9年目社員、別府さおり氏はこう話す。

 サイボウズでは、社員が社内掲示板「Myキャリ」に「1年以内に異動したい」と書き込むと、直属の上司と人事担当者が直ちにミーティングを開くルールになっている。営業を担当していた別府氏がよりキャリアを高めたいと広報業務の兼務希望を入力したのは3月下旬。1週間後には広報部門への「体験入部」が決まり、3カ月間の体験を経て兼務が認められた。体験入部の実施件数は2年で約70件に上る。

 「ある程度余裕を持って各部署が人員を抱えること」など様々な前提が必要で、簡単にまねできる仕組みではないが、異動希望調査を有能人材の定着向上につなげたいなら、ここまでやる必要がある、と言えそうだ。

 さらに、社内表彰制度も、面談充実や異動希望調査に並び、「形骸化してしまえば、何の意味もない制度」(山本教授)だ。例えば、表彰される部署が年ごとの持ち回りで決まっていたりする場合は、定着向上には貢献しないという。

日経ビジネス2019年8月26日号 38~41ページより