識者に聞く
緊急警告「若手は優秀な者から辞めている」
古野庸一 リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所 所長

この10年ほどの間に、若手社員の離職の動向はどのように変化したのでしょうか。

 入社後3年以内の離職率は3割程度で推移しており、定量的には大きな上下はありません。ただ、定性的には「優秀な人から先に辞めていく」という声を企業からよく聞くようになりました。

 新入社員への意識調査などを見ると、この10年間で起こった最も大きな変化は「マナー志向からスキル志向への変化」。最近の若手社員は、名刺交換のようなビジネスマナーを身に付けるよりも、どの会社に行っても役に立つ汎用性の高い能力を体得したいという意識が強い。

その背景にある要因は何でしょうか。

 仮説として、要因は3つ考えられます。1つは、求人倍率が確実に上がり続け、転職が比較的容易になっていること。2つ目は、日本の大手企業が成熟し、大きな成長が望めなくなったこと。そして3つ目は、人生100年時代に入り、1つの企業に一生勤めるという働き方が現実的でなくなったことです。「1社に頼るだけでは生きていけない」と若手社員は考え、スキルを高めようと転職するようになっています。

「石の上にも3年」という価値観も根強くあります。3年という単位でキャリアを考えることに合理性はあるのでしょうか。

 組織に入ると、多くの人は次第にモチベーションを失い、じきにそれを取り戻すことで適応します。この過程は今も昔も変わっていません。組織への適応にかかるのは一般的に1~2年なので、3年もたてば、新入社員が会社になじんだと判断できます。

 つまり4年目以降に退職した社員は、一度は会社にある程度適応したにもかかわらず辞めた人だということ。彼らの中には「もっと成長したい」という強い欲求を持つ人が多いですが、そうした傾向は、以前はあまり目立っていませんでした。

日本企業は社員のこうした意識の変化に気づいているのでしょうか。

 大手企業は最近になって、優秀層の離職に対する課題意識を共有し始めました。しかし、人事部の30代の社員が問題を深刻に捉えているのに対し、50代の部長クラスはそれほどの問題だと思っていないということも多い。世代間の意識ギャップがあるのが現状です。優秀な人材が辞めることで周囲に与えるインパクトは大きいので、一定の対策は必要です。

特に離職防止策の対象にすべき社員はどのような人たちでしょうか。

 能力に優れた人はもちろん、会社の掲げる価値観を体現しようとしている人、新人や妊娠中・育児中など弱い立場にある人が対象になります。一方で、どんなに優秀でも、会社と価値観が根本的に合わない人は引き留めても仕方がない。資源は限られているので、ターゲットは絞って取り組むべきです。

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今後は「離職防止」が人事の最大任務に
山本 寛 青山学院大学経営学部 教授
(写真=加藤 康)
(写真=加藤 康)

優秀な若手社員が離職しやすい会社に共通の特徴はあるのでしょうか。

 例えば最近までリストラを進めてきた企業です。こうした会社では、若手社員を指導する役割を担う中間の年齢層の社員が抜けてしまっています。結果、忙しい役職者が新人を指導しなければならなくなり、十分に目が行き届かなくなる。こうして人材育成の連鎖がなくなってしまうと、自分の能力を積極的に伸ばしたいと望む若手は成長の機会を失ってしまったと感じ、不満をため込んでいきます。

 また、ベテラン社員の層が厚い企業では、上が詰まっているため中堅社員がなかなか昇進できないケースも多い。そうした様子を見続けた若手社員は「自分が中堅クラスになっても、きっと今と変わらない仕事をしているのだろう」と想像し、社内での成長のイメージを描けなくなってしまいます。

そうした状況を受け、人材の離職防止に関する考え方はどのように変化してきたのでしょうか。

 離職防止策は、人事領域の中では「定着管理」に当たります。かつては定着管理といえば若手社員向けの研修や福利厚生がもっぱらの問題で、人手不足になるたびに一時的に話題になるにとどまっていました。バブル時代を思い返すと、豪華な独身寮やテニスコート、海の家・山の家といった保養施設などがそれに当たります。

 しかし近年は、入社から退職までの流れの中での定着管理の重要性が高まりました。多くの企業で入社後の配置から昇進に至るまでの期間が長くなった結果、その間も社員に会社にとどまってもらうための取り組みが必要になったのです。

 今や定着を重視する傾向は、採用や人事評価、報酬の設定など人事の全分野に広がってきています。こうした変化を受けて、定着管理は「リテンション(維持・引き留め)マネジメント」として経営学の一分野にまで発展しました。

 最近、企業への調査で人事部門の課題として必ずトップ10に入るのは「次世代幹部候補の育成」。今の日本で、幹部候補を全員他社から連れてくるという姿勢の企業はごく少数派です。ある程度の数の優秀な社員に、ある程度長く勤めてもらわなければ、自社の将来を担う経営人材を育てることは不可能です。

人材定着に取り組む企業にとって基本となる考え方は何でしょうか。

 「この会社で働き続けても、他の企業で必要とされる能力は十分に身に付く」と社員が思えるようにすることです。仕事を通じて得られる汎用的な能力や専門スキルを押し出し、社員が自分のキャリアを長期的に考えられるようにする。つまり社員の「エンプロイアビリティ」(雇用される能力)を企業が積極的に保証するということが重要なのです。

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日経ビジネス2019年8月26日号 30~37ページより
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