(写真=アフロ)
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 「愛社精神」から「若気の至り」まで、世間一般で連想される退社理由が必ずしも当てはまらない若手有望人材。その点では、退社理由の定番「残業の多さ」も例外ではない。

 朝10時までに出社し、帰りは深夜2時。家で少し寝ると、急いで用意をしてまた会社へ向かう。月の残業時間は200時間に達することもざら。働き方改革が叫ばれる今も、現実にはそんな風に働き続ける人々がいる。17年冬に大手ネット系企業E社を退職した山尾綾香氏(仮名)もそうだった。

 16年4月にE社に入社。大学時代は学園祭の実行委員会などに所属し、学業は二の次で「そのときにしかできないことに没頭してきた」(山尾氏)という。そんなアグレッシブな部分をE社の役員に見込まれ入社すると、同社の主力であるネット広告事業部に配属となり、検索連動型広告の運用と分析を担当することになった。

 役員に直接誘われただけのことはあり、「1年目から大きな仕事のチャンスを数多くもらった。役員たちには名前を覚えられ、スピード昇進も期待できた」と山尾氏。しかし、それと引き換えに仕事は過酷さを増し、じきに前述のような働き方に。入社から1年半後には、身体的な不調が表れ、睡眠障害を発症するようになった。山尾氏が退職したのはそれから3カ月後のことだ。

新天地でも猛烈に働く

 どう見ても残業こそが退職の原因と思えるが、そうではない。事態を重く見た上層部は山尾氏を広告営業部門へ異動させ、労働時間を改善する手はずは整っていた。それでも退社したのは、「体を壊すほど仕事を突き詰めたにもかかわらず、ウェブマーケティングという分野では、世の中の役に立っているという実感を自分が得られないと気づいた」(山尾氏)からだ。

 山尾氏は今、起業後間もないベンチャーに人材やノウハウを紹介するスタートアップで精力的に活動する。朝10時から夜10時まで勤務し、E社時代に比べて遜色ない働きぶりだ。「親には心配されたが、思い切り仕事ができるのは今だけ」と山尾氏は話す。もちろん、体調管理には人一倍気をつけている。


 大手企業で若くして活躍しながら転職を選んだ若者たち。ここで紹介した5人の証言からは、「今の時代、有望な若手人材の本当の退職理由と、一般論やステレオタイプから想像される退職理由は、必ずしも一致しない」という可能性が浮かび上がってくる。

 だとすれば、多くの企業の離職防止策が有望人材を相手にするほど機能しないことにも合点がいく。「愛社精神がなく、こらえ性もなく、給与や労働時間に不満で、若気の至りで会社を辞める」──。大抵の企業が実施している定着策はそんな若者像をイメージして作られたものだからだ。次章では、巷にあふれる離職防止策の効果を具体的に検証していく。