
「愛社精神の欠如」以上に、若手社員の離職理由として先輩社員が考えるのが「こらえ性のなさ」だ。実際、アトラシアンによる18年の調査によれば、20~30代前半の部下に対し「打たれ弱い」と思う上司の数は、「打たれ強い」と考える人の約12倍を記録。若手社員を定着させる上で、過酷なノルマやパワハラが存在する厳しい職場への配属などもっての外と考えられている。
しかし、19年3月に大手保険会社B社を辞めた谷川誠氏(仮名)は「自分は困難な状況の方が燃える」と話す。
谷川氏は15年4月入社。法人向け保険営業という社内でも屈指の過酷なセクションに配属された。営業ノルマは厳しく、家族や親戚に頼ってどうにか目標を達成する者も相次ぐような職場だ。その上、入社直後の直属上司は社内でも有名なパワハラ課長。目標未達の際の激しい叱責で何人もの新人を辞めさせてきた“実績”を持つ。
だが谷川氏はそんな状況に適応する。もともと筋金入りの体育会系だ。中高から大学まで剣道部に所属して過酷なしごきに耐え、B社に入ってからも社内の剣道部に入部。仕事の傍ら、毎週土曜に激しい稽古をこなしていた。高い営業成績に加え、職場のムードメーカーでもあり、飲み会の場では自ら前に出て一発芸を披露。5年目となる今年4月に肩書は「担当」から「主任」になり、報酬も大きく上がる予定のまさに「期待の星」だった。
そんな谷川氏だっただけに、2月のある日の朝礼で部署のメンバーの前で退職を打ち明けると職場は驚きに包まれた。一体、彼は何が気に入らなくて辞めたのか。
パワハラよりも失望したもの
離職理由は、1年前にパワハラ上司に代わってやってきた当時の課長にあった。人事部も谷川氏の直属上司の噂は耳にしており、社員の離職防止のためにも異動が必要だと認識していた。実際、新課長は人当たりがよく、周囲からの評判は前の課長に比べてはるかに良かったという。
しかし、谷川氏からの評価は違った。確かに外面は良かったが、課が営業目標を達成できるかどうかの重要な局面で、「上がこう言っているからやらないといけない」などと、自分で判断しようとしない姿勢が目立つ。穏やかながら他人に責任転嫁する発言が多く、目標未達の恐れが出ると、それこそこらえ性なく、浮足立って会議を頻発する。「この人のために頑張ろうとは思えなかった」と谷川氏は振り返る。
そしてそれ以上に谷川氏を絶望させたのは、その課長は会社の中では出世頭だったことだ。来年には同期に先んじて部長への昇進も見えていた。
「職場環境が厳しくても成長できると思えば耐えられた。でも、実力に関係なく上ばかり見ている人間が評価される組織で一生働き続けることには耐えられなかった」と谷川氏は笑う。現在、東京から京都に住まいを変え、専門コンサルティング会社に勤める。楽な仕事ではなく給与も下がったが、転職は非常に良い決断だったと振り返る。
上の世代には想像できない意外な理由で会社を辞めていく若手有望人材。次の「若手は、待遇に不満があるから辞める」というのも、こと有能人材に限っては、必ずしも当てはまらない。
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