OECD諸国の中で、日本の外国人受け入れ数は独米英に次ぐ世界4位だ。人手不足が深刻になり、外国人なくしてサービス水準や収益基盤は維持できなくなった。政府の建前を横目に、既に事実上の「移民大国」となりつつある。
神奈川県の介護施設で働き始めたミャンマーからの技能実習生。日本人の採用が難しくなる中で貴重な戦力に
神奈川県二宮町にある特別養護老人ホーム「メゾン・二宮」で、5月から2人のミャンマー人女性が働き始めた。
ヤミン・トゥさん(23)とテッテッ・トゥンさん(23)。ともにミャンマーの大学を卒業後に来日し、技能実習生として食事の介助やシーツ交換など入居者の介護をしている。「日本語を勉強しながら働きたかった」と口をそろえる2人。日本語能力試験の5段階のうち「日常会話を理解できる」とされるN3を現地の日本語学校で取得した。
「日本人の新卒は面接することすら難しく、今年は1人も会えていない。介護事業所では採用ゼロも珍しくないので、うちはまだマシだ」。同施設も含め神奈川県内で16の老人ホームや福祉施設を運営する社会福祉法人・一燈会の山室淳理事長はこう打ち明け、続ける。「日本人が安定して採用できない以上、外国人のサポートは欠かせない」
厚生労働省によると、2019年6月の介護サービス分野の有効求人倍率(パート除く)は3.57倍で、前年と比べ0.32ポイント上昇した。同省の15年段階の試算では、25年に全国で介護人材が253万人必要になるのに対し、37万人が不足する。
空前の人手不足の状況では、人材を選ぶことは難しい。何とか採用できても、すぐに辞めてしまうといった例が後を絶たない。
一方、仏教徒が多く高齢の家族を身内で世話する文化が根付くミャンマーから新たに加わった2人は「日本人と同じように指導しているが想像以上にのみ込みが早く、入居者も壁を感じずに接している。立派な戦力だ」(教育を担当する佐野春樹・施設福祉課長)。
これまで介護業界では入居者とのコミュニケーションを重視することもあり外国人の受け入れに積極的ではなかった。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの調査では、全国の福祉施設の80%が「(外国人職員を)受け入れたことがない」と回答している。
その風向きも変わりつつある。今年4月には介護や建設、造船、外食など14業種で外国人を受け入れる新たな在留資格「特定技能」が導入された。今後5年で最大34万人を受け入れる見込みで、うち介護は同6万人と全業種で最大を見込む。
一燈会も来年以降、2人ずつ外国人労働者を受け入れる方針だ。ミャンマー語の動画マニュアルを整備するなど準備を進めている。
今、あらゆる現場で外国人労働者への「開国」が進み始めた。総務省が7月に発表した19年1月1日時点の人口動態調査。国内の日本人は前年より43万3239人少ない1億2477万6364人となった。減少は10年連続で、減少幅は1968年に調査を始めてから最大となった。2018年の出生数が92万1000人と3年連続で100万人を切るなど、少子化に歯止めがかからない。
世界4位の受け入れ国に
対照的に外国人は16万9543人増え、過去最多の266万7199人。日本全体では初めて外国人が2%を超えた。日本総合研究所の推計では、18年に146万人だった外国人労働者数は30年には最大で390万人まで増える見込み。女性や高齢者と並び、新たな働き手として欠かせない存在だ。
国内の労働人口の減少を外国人が補う構造が続く
●日本の15~64歳人口と外国人労働者の推移と予測
出所:人口は国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」、外国人労働者は厚生労働省、2030年の外国人労働者の予測は日本総研による
[画像のクリックで拡大表示]
日本では「移民」という単語への抵抗感が強い。政府も新たな在留資格の導入などについて「移民政策ではない」との建前を崩さない。ただ国際的に見れば既に日本は「移民大国」だ。
経済協力開発機構(OECD)の調べによると、日本の年間の外国人受け入れ数(16年)はドイツ、米国、英国に次ぐ4位。カナダやオーストラリアなど移民で知られる国々をも上回る。
7月にローソンが開いた「外国籍クルー育成講座」。講師の松尾良トレーナー(左端)が業務で使うフレーズを外国籍クルーに教え込んでいた
「人口が減る中、みんなの力がないとお店はやっていけません」。コンビニ大手ローソンが7月に都内で開いた「外国籍クルー育成講座」。講師を務めた東京運営部の松尾良トレーナーの話にネパールや中国から来日した5人の外国人アルバイトが耳を傾けていた。
ローソンでは採用間もない外国人アルバイトの育成や定着を目的に、定期的にこうした講座を開いている。「顧客の注文は繰り返す」、「カード決済の場合は精算の種類を確認する」。時間厳守や身だしなみといった文化の違いが表れやすい部分から、作業のミスを防ぐためのルールまで教え込む。
福岡県朝倉市の老舗旅館「泰泉閣」で配膳などを担当するネパール人のティムシナ・ビマル氏。将来は現場のリーダーとなることを期待されている
都市部ではコンビニの店頭で働く外国人の姿は珍しくない。ローソンで働く外国籍の従業員は7月時点で約1万3000人。2年で倍増した。東京都内はその3割近くを占め、23区では40%の従業員が外国籍だ。中国、ネパール、ベトナムの出身者が8割を占める。
日本人の学生などは深夜のアルバイトを敬遠する傾向にあり、外国人はコンビニの24時間営業を支える主力となっている。数年前までは外国人材の採用に慣れていなかったこともあり、「(フランチャイズの)オーナー側に外国人材を育成するという意識がなく、本部も支援できていなかった」(ローソン運営人財開発部の有元伸一部長)。そのため定着率が悪く、1~2カ月で4割が辞めてしまう時期もあったという。
しかし今や「外国人を戦力として考えないと(店が)成り立たない」(都内でローソン10店舗を経営する有限会社もとかわの元川寛都社長)。同社では100人以上の従業員のうち、8人いる正社員の半数が外国籍。アルバイトも7割が外国人で一部は店舗運営も担う。
5万5000店舗以上を展開するコンビニ各社にとり人材確保は生命線だ。ローソン本部は「オープンケース(総菜陳列の冷蔵ケース)」など専門用語を翻訳したマニュアルを整備したほか、最新のPOS(販売時点情報管理)レジでは中国語にベトナム語、ネパール語で表示できるようにした。ベトナムや韓国では来日前の日本語教育や研修を実施する施設を持つ。
最強工場支える日系ブラジル人
日の丸交通で2018年9月からタクシー運転手として働くパキスタン人ムハンマド・リハン氏。同社の外国人運転手の平均売り上げは日本人より高い(写真=陶山 勉)
介護や小売りで進む外国人の採用・活用は、これまで築いてきたサービス品質を維持するための「守り」の側面が色濃い。一方で、工場の増産や新規事業の創造など「攻め」でも外国人の力が欠かせなくなっている。
外国人の増加率15.42%──。
総務省が発表した人口動態調査で都道府県別で外国人の増加率が全国1位になったのが島根県。なかでも増加が顕著なのが出雲市で、1年前と比べ25%増の4667人となった。同県に住む外国人の半数以上を占める。
その裏に、ある企業の存在がある。村田製作所の製造子会社、出雲村田製作所だ。村田の主力製品で世界シェア1位を誇る積層セラミックコンデンサーを生産する「最強工場」を、1000人規模の日系ブラジル人が支えている。
村田製作所が契約する人材派遣会社が直接雇用している。スマートフォンや自動車向けの需要急増に合わせて新ラインが立ち上がるなど、ここ数年の増産に伴い日系ブラジル人の雇用も増えてきた。人口減を食い止めることは地方自治体にとっても喫緊の課題。通訳を介した子育て支援を進めるなど、出雲市も環境づくりを後押しする。
ある大手化粧品メーカーの主力工場。完成品を検品したり、箱に詰めたりするラインには40人ほどのフィリピン人が並ぶ。日本人は10人程度で、現場では日本語とタガログ語が飛び交う。
スタッフを派遣する人材大手ウィルグループ子会社のエフエージェイ(FAJ)の山口大輔・外国人推進部長は「これまで外国人が少なかった化粧品の工場からの要望が増えている」と話す。同社に登録する派遣スタッフは4200人。4年前の10倍以上になった。
国内化粧品大手は訪日客や中国市場向けの「日本製」人気に対応しようと増産や新工場の建設に動いている。ただ化粧品は容器の形状や大きさもブランドごとに異なるため、検品や箱詰めは人手に頼らざるを得ない。新興国の人件費高騰も追い風となって国内回帰を進める「製造リショアリング」だが、現場では外国人に頼らなくては回らない実態が浮かび上がる。
企業の外国人の受け入れはどこまで進んでいるのか。日本総研が今年実施した国内約1000社を対象としたアンケートでは外国人を採用・活用(直接雇用や派遣・請負など)している企業は45%に及んだ。
5割弱の企業が外国人を採用・活用している
●これまでの外国人の採用実績
出所:日本総研「人手不足と外国人採用に関するアンケート調査」
[画像のクリックで拡大表示]
興味深いのはその理由だ。「日本人労働者が集まらない」(50.2%)が圧倒的に多いのは想定内。だがその次には「組織を活性化したい」(15.8%)、「外国人の方が真面目に働く」(13.1%)が続き、「労働コストが節約できる」(5.7%)を上回る。かつてのように「外国人=低賃金の労働力」と見なすのではなく、将来を担う人材と位置付けている。
組織活性化などを理由に挙げる企業も多い
●外国人採用・活用の理由(複数回答)
出所:日本総研「人手不足と外国人採用に関するアンケート調査」
[画像のクリックで拡大表示]
国籍よりも実力。こうした考えは、成長に貪欲なスタートアップ企業のほうが鮮明だ。
エンジニアの7割が外国人
MUJINの創業から3年間は、滝野一征CEO(最高経営責任者)以外、全員外国人だった。現在もエンジニア部隊は外国人の数の方が多い
産業用ロボットの制御システムを手掛ける11年創業のMUJIN(ムジン、東京・墨田)。倉庫の自動化でアスクルと提携するなどAI(人工知能)を応用した制御で頭角を現した同社は、101人の社員の半数が18カ国からきた外国人。特にエンジニア部隊は7割近くが外国人で、公用語は基本的に英語だ。
外国人を積極採用したわけではなく、年齢や国籍に関係なく必要なスキルを持っているかや、会社のビジョンに合うかどうかで判断した結果という。待遇は国籍に関係なく実力で決まる。「日本人は転職やスタートアップで働くことへの抵抗が大きく、欲しい人が集まらない。創業時は知名度が低いこともあって日本人が来なかった」と同社の人事担当者は話す。社員や大学の研究室からの紹介などで優秀な外国人材を採用していった。
人手不足ニッポンの「救世主」としてあらゆる現場に広がる外国人。このままいけば、移民政策の国民的議論の決着を待たずして日本の人手不足がある程度解消できるのではないか──。そう思う人もいるかもしれない。
だがそう考えるのはまだ早い。世界で人材獲得競争が進む中、門戸を開けば来てくれる時代は過ぎ去りつつあるからだ。キャリアの将来像が見えにくい人事制度や国際的には高いとはいえない賃金など、水面下で不安や不満を抱く外国人材は多い。こうした課題に企業はどう向かい合うべきなのか。
基本知識&データ 1
新たな在留資格で長期在留の道が拡大
日本で働く外国人の在留資格は複雑だ。永住者、定住者を除き労働者で最も多いのが「資格外活動(アルバイト)」。コンビニエンスストアや飲食店で働く外国人の多くは同資格で、主に留学生が週28時間を上限に働いている。
次に多い「技能実習」は本来、途上国への技能移転を目的に創設された資格。実際は農業や建設、工場など幅広い業界で主に労働集約型の作業を担う。最長で5年滞在できるが、原則として同じ実習先でしか働けず、失踪や長時間労働などが問題視されている。
一方、国を挙げて受け入れ拡大を狙うのがエンジニアや研究職などを想定した「高度専門職」だ。2018年末の在留者数は1万1000人と全体で見れば少ないが2年で3倍近くに増えている。
今年導入された「特定活動」「特定技能」は、ピラミッドの上と下の間を埋める役割が想定されている。留学生や技能実習生が身に付けたスキルや日本語能力を生かし、活躍の場を広げることが可能になる。
特に特定技能は介護や外食、建設など人材難が深刻な14業種でまず門戸を開き、その後の資格更新によって長期の在留への道も開ける。始まったばかりで運用は流動的な面が残るが、人手不足解消のカギを握る。
外国人労働者の在留資格の概要
[画像のクリックで拡大表示]
地域別の在留外国人
出所:法務省「在留外国人統計」
[画像のクリックで拡大表示]
国籍別の外国人労働者数
注:各年10月末の数字
出所:厚生労働省「外国人雇用状況の届け出状況まとめ」
[画像のクリックで拡大表示]
業界別の外国人労働者数
注:各年10月末の数字
出所:厚生労働省「外国人雇用状況の届け出状況」
[画像のクリックで拡大表示]
日経ビジネス電子版の議論の場「Raise(レイズ)」では、日本が停滞から抜け出すために打つべき一手を考えるシリーズ「目覚めるニッポン」を始めています。外国人労働者の受け入れについても、「 [議論]外国人労働者、このまま受け入れを拡大すべき?」にて読者のみなさんの意見を募集しています。
外国人受け入れの是非のみならず、その前提となる雇用のあり方や働き方の課題についてなど、幅広いご意見をいただければと考えています。(注:コメントの投稿は有料会員限定です)
日経ビジネス2019年8月19日号 26~31ページより
この記事はシリーズ「「ブラック国家」ニッポン」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?