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高校を出て地元で働き、低コストの環境の下、大家族で肩を寄せ合って暮らす──。年金不安や介護難で社会が揺らぐ中、そんな「非大卒型人生モデル」が見直されつつある。若い世代の間では「大卒型」と異なる、新たなキャリアモデルを模索する動きも出てきた。

熊本市に住む吉角裕一朗氏は、バッテリーの再生・販売事業などを手掛ける会社の社長。「地方には地方の攻め方と勝ち方がある」と語る

 「両親も祖父母も大学には行っていない。大学進学という選択肢など考えたこともなかった。だが特にそれを後悔することはありません」。熊本市に住む吉角裕一朗氏はこう話す。

 吉角氏は、「非大卒型人生モデル」を歩んでいる30代だ。

 地元・熊本の高校を卒業後、一度上京したがUターンし、2007年に自動車用バッテリーの再生・販売会社を起業。家から車で10分の場所に事務所を構え、両親も熊本市内に住んでいる。

 子供は3歳の男の子が1人。教育方針は「好きなように生きればよい。特段、大学進学が良いとは思わない」で、ごく普通の保育園に通っている。事業は安定しており、PART1PART2で見た「非大卒型人生モデル」の平均収入はだいぶ前にクリアしている。

 東京では格闘技の世界に足を踏み入れた吉角氏。「自分は、客観的に見れば都落ち」と控えめな言葉も口にするが、今の暮らしぶりは、むしろ都会で困窮する「大卒型人生モデル」の30代に比べ、ずいぶんと快適に映る。

大卒型を圧倒する快適な生活

 経済面で快適な暮らしを支えるのは、地方の生活コストの低さだ。例えば住居費。今の住まいは「1m2=20万円程度」と東京都心の物件の約5分の1の安さで手に入れた。家賃を除く物価水準でも熊本は全国の平均以下。事務所の賃料は東京に比べ30%安、人件費も同20%安と、事業コストの低さをテコにして早期の事業安定につなげた。

 精神・健康面では、何より職住近接とあって“痛勤”と無縁。通勤時間によって睡眠不足に陥ることも皆無だ。もっとも、地方の通勤のしやすさと睡眠時間の多さは熊本に限った話ではなく、通勤時間では47都道府県のうち最長の神奈川と最短の大分では1日48分の差が、睡眠時間ではやはり最長の秋田と最短の埼玉では同31分の差がある。

 介護や育児などへの不安も都市生活者に比べると少なそうだ。両親は車で10分圏内と「すぐ駆けつけられる、安心できる距離」(吉角氏)に暮らし、何かあれば子供の面倒も見てもらえる。

 世間一般では、大卒型より幸福度は低くなると思われがちな非大卒型人生モデル。だが現実には、低コストの生活環境と大家族的な暮らし方で、吉角氏のような快適な生活をしている人を見つけるのはさほど難しくない。

日経ビジネス2019年8月12日号 34~37ページより