高額とされた日本の医薬品といえば、がん治療薬「オプジーボ」が思い浮かぶ。バイオ医薬品の一種だが、実は日本は創薬の技術革新に追い付いていない。製薬業界において、日本は今、2度目の「敗戦危機」を迎えている。
現在、世界で最も売上高の大きい医薬品は、米製薬大手アッヴィが販売する「ヒュミラ」という関節リウマチの薬だ。欧州で特許が切れ始めたため増収のペースは落ちたが、それでも米国での値上げが功を奏し、2018年は前年比8.2%増の199億ドル(約2兆1500億円)を売り上げた。これだけで、日本の製薬最大手、武田薬品工業の18年度の売上高(約1兆7880億円。アイルランドのシャイアー買収の影響は除く)を上回る。
この薬は、免疫反応の主役である「抗体」という物質を利用したバイオ医薬品だ。実は世界で売上高トップ10の製品の約半分はバイオ医薬品が占めている。遺伝子組み換え技術を利用して製造するバイオ医薬品は、1980年代後半から医薬品市場に姿を現し、2000年代半ばごろからは抗体を利用した製品が市場で頭角を現していった。それまでの化学合成に基づく製剤の技術が大きく変わったことを意味する。
ところが日本の製薬企業の多くは、このバイオ医薬品の台頭に乗り遅れた。米国のベンチャーなどから日本市場での権利を獲得して販売している例はあるものの、早い時期に自社でバイオ医薬品を製造する技術を手に入れられたのは、協和キリンとロシュグループ傘下の中外製薬だけ。日本の高額医薬品の先駆けは、当初、1人あたり年3000万円以上かかった小野薬品工業のがん治療薬「オプジーボ」だが、小野薬品はバイオ医薬品の生産ノウハウを持たなかったので、米メダレックス(その後米ブリストル・マイヤーズスクイブが買収)と提携した経緯がある。
バイオ医薬品に続いて、押し寄せるのがPART1で見た遺伝子治療の技術革新の波だ。日本でもバイオベンチャーのアンジェス、タカラバイオ、桃太郎源、IDファーマと、ベンチャーまで視野に入れれば、遺伝子治療の治験(承認申請を目的に実施する臨床試験)を進める企業はある。大塚製薬はタカラバイオと、杏林製薬は桃太郎源と契約して共同開発しているし、武田薬品はシャイアーが開発中の品目を手に入れた。ただ、米国に比べると、層の厚さが全く違う。
中国にも及ばぬ日本
下の世界地図を見てほしい。これは米国立衛生研究所(NIH)が運営するデータベースを基に作成したものだ。7月10日時点で、遺伝子治療の臨床試験を実施している場所を示す。
国・地域別では358件の米国が最多だ。米国で食品医薬品局(FDA)に医薬品を申請する企業はこのデータベースへの登録が義務付けられるため、当然かもしれないが、それにしても日本は少ない。わずか8件。中国(31件)、韓国(19件)にも及ばない。
日本にはiPS細胞があるので、細胞医薬や再生医療が強いのではという声もある。確かに、京都大学が特許を持つiPS細胞の研究では日本がリードしているが、いわゆる万能細胞はiPS細胞だけではない。受精卵から作るES細胞の研究は米国でも盛ん。血液などから採取した幹細胞と呼ばれる万能細胞を使った細胞医薬や再生医療の開発も活発だ。何より、世界的に見れば細胞医薬、再生医療より、遺伝子治療が実用化で先んじている。
バイオ医薬品に続き、遺伝子治療でも世界に後れを取れば、日本は「2度目の敗戦」を迎えることになる。
その可能性は高まっている。そもそも日本の製薬企業の「体力」は落ちている。株式を上場している医療用医薬品専業の製薬企業は国内に31社あるが、18年度には14社が減収、15社が営業減益(損失拡大を含む)だ。
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