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ノーベル賞受賞者の本庶佑・京都大学特別教授がオープンイノベーションに警鐘を鳴らす。共同研究の名の下で、知財やノウハウを大企業が搾取する事例が後を絶たないからだ。日本でオープンイノベーションを根付かせるには共に創る覚悟が必要だ。

京都大学の本庶佑氏と小野薬品工業は、がん免疫薬につながる特許契約で論争を繰り広げる(写真=Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 がん免疫薬につながる基礎研究で、2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑・京都大学特別教授。この基礎研究をベースに小野薬品工業が、がん免疫薬「オプジーボ」を実用化したことは、日本のオープンイノベーションの数少ない成功例とされる。だが、当の本庶氏はこれを成功例とは思っていない。それどころか大企業のオープンイノベーションに警鐘を鳴らす。

本庶 佑氏
1942年京都市生まれ。66年、京都大学医学部卒業。東京大学助手などを経て、79年大阪大学教授。84年京大教授。2018年から京大高等研究院副院長・特別教授。同年にノーベル生理学・医学賞受賞。
(写真=陶山 勉)

 オープンイノベーションは10年ほど前から叫ばれている「はやり言葉」だ。1990年代後半から大企業が中央研究所を維持できなくなり、外部から技術のシーズ(種)を持ってこようと考えたのだろう。

 私自身はよい動きだと思わない。中央研究所の廃止・縮小は短期的にはコストダウンなどでプラス面もあるが、長期的には技術力の低下などマイナス面も多い。製薬業界では、古くから大企業が大学やスタートアップとオープンイノベーションを行ってきた。だが、日本の大企業がここ数年のオープンイノベーションの取り組みで何かを生み出したかと言われると思いつかない。

 本庶氏自身、小野薬との協業は両者が技術やノウハウを融合したものではないと主張する。そこには基礎研究に対するスタンスの違いがあるようだ。

 小野薬の貢献は、研究開発に対して資金を投じただけ。しかも巨大なプロジェクト全体の一部分にすぎない。

 2002年ごろに特許の共同出願をした際はお世話になった。だが当時は京都大学に知的財産部門が整備されておらず、単独では出願が難しかった。企業との共同出願が一般的だった。

 実際、小野薬に実用化に向けた臨床研究を持ちかけた際はあっさり断られた。国内外の大手にも断られ、手を挙げたのが米国のスタートアップだったので、小野薬にそのことを相談したら一転して共同研究に乗り気になった。後で分かったことだが、小野薬が技術力のある米ベンチャーから情報を得ており翻意したようだ。今思うと最初からズレがあったのかもしれない。

 臨床研究は小野薬品も進めた。製薬企業なので当然だ。基礎研究は我々が全部を手掛けており、論文には小野薬品の研究者の名前は載っていない。

日経ビジネス2019年7月15日号 38~41ページより