大手企業が続々と取り組むオープンイノベーション。だが、成功例はまだまだ少ない。参考になりそうなのが人や資金などのリソースに限りがある中堅・中小企業だ。先駆者から学ぶオープンイノベーションを失敗させないポイントとは。

 「ようやくリリースすることができた」。6月20日、スポーツウエアのゴールドウインが東京・原宿で開催した新商品発表会。同社の研究開発施設、テック・ラボの部長を務める中村研二理事役員は安堵の表情を浮かべていた。

 同日発表された商品名は、「プラネタリー・エクイリブリアムティー」。人気アウトドアブランド「ザ・ノース・フェイス」のTシャツだ。最大の特徴は、人工たんぱく質でできた新たな繊維が使われている点。微生物によって分解できる素材であり、化石燃料を使って作る化学繊維に比べて、環境への負荷を低減できるという。

<span class="fontBold">人工クモの糸を使った初期の試作(上)から4年を経て実用化にこぎ着けたゴールドウインの中村研二氏</span>(写真=山岸 政仁)
人工クモの糸を使った初期の試作(上)から4年を経て実用化にこぎ着けたゴールドウインの中村研二氏(写真=山岸 政仁)

 ゴールドウインは、登山家の三浦雄一郎氏をはじめ、数多くのアスリートと高機能なスポーツウエアを共同開発してきた。今回の新商品の開発パートナーはスパイバー。山形県鶴岡市に本社を置く、慶応義塾大学発のバイオ関連のスタートアップだ。

 共同開発に着手したのは2015年。鉄よりも強靭とされるクモの糸を模倣した新素材を開発したスパイバーに、ゴールドウインが目を付けた。スパイバーはこの頃、この新素材の主成分となるたんぱく質を量産する技術を確立していた。「これなら工業化も近い」。そう判断したゴールドウインは15年9月に30億円をスパイバーに出資。共同開発がスタートした。

 実は6月20日に発表した新商品で使った素材は、共同研究を始めた当初に実用化を目指した「クモの糸」とは違う。最初の計画は、早々と行き詰まっていたのだ。ネックとなったのが、クモの糸の持つ「超収縮性」と呼ばれる特性だ。クモの糸は水に濡れると大幅に収縮してしまう。ゴールドウインが手掛けるのはアウトドア衣料のため、「致命的な特性だった」(中村氏)。糸から生地にしていく工程で収縮性を抑えようと試みたが、「当初計画していた16年の量産は早々とあきらめるしかなかった」と中村氏は振り返る。

 それからどうやってプロジェクトを立て直し、商品化にこぎ着けたのか。ゴールドウインとスパイバーの共同研究の道のりを振り返ると、オープンイノベーションを成功させる最初のポイントが見えてくる。両社の間で培われた強力な信頼関係だ。

 16年3月期の連結営業利益が31億円だったゴールドウインにとって、30億円の出資は決して安くない。失敗すれば、大切な資金をどぶに捨てることになる。上場企業である同社にとって、簡単に諦められないという事情はもちろんあるだろう。

 ただ、中村氏は、「商品化が遅れることは悩みのタネだったが、モノにならないとは感じたことはなかった」という。「07年に創業したスパイバーは10年足らずで、人工のクモの糸の量産技術を確立できていた。その技術力は疑う余地はなかった」からだ。スパイバーも自社に信頼を寄せるゴールドウインに対し、技術開発を続けることで応えた。

密なコミュニケーション

 スパイバーは第1世代の開発品が実用化できないと分かった時点で、クモの糸の発想は捨て、アパレル用として使える伸縮性に優れる新素材開発に取り組んだ。もちろん、主成分は人工たんぱく質。試作数は1400を超える。

 スパイバーは開発を進める中で、ゴールドウインに人工たんぱく質の構造や特性などのデータをその都度、提供し、次に取り組むべき課題やテーマを設定していった。16年からはゴールドウインの社員をスパイバーに出向させるなどして連携を強化。中村氏自身、テレビ会議を含めて月に2回は議論したという。コミュニケーションの密度を高めることで、強固な信頼関係はより強固となっていったわけだ。

 今回の新商品で使用した人工たんぱく質の基本構造が確立したのは18年冬。「特性を見た瞬間イケると思った」。中村氏はそう振り返る。

 もっとも、ゴールドウインとスパイバーが目指すのは、この新素材の商業化だ。大量生産のノウハウを確立しなければ、商品化は実現できない。

 そこで知恵を借りたのが、ゴールドウインの長年の取引先である繊維や織物の加工技術を持つ企業だ。カジグループ(金沢市)や小松マテーレ(石川県能美市)が新素材の生産に必要なノウハウを提供することになったが、ここでもゴールドウインやスパイバーは開発情報を共有しながら生産技術の確立を急いだ。「製品の品質面での目標を明確化したので、生産に関わる課題もはっきりとしていた」(中村氏)

 4年に及ぶ共同開発でようやく日の目を見た人工たんぱく質を繊維に使ったTシャツ。同じく微生物が分解できる素材を使ったジャケット「MOON PARKA(ムーンパーカ)」を11月に発売する予定だ。

 今回のTシャツは価格は税別2万5000円と高く、250枚の限定品だ。スパイバーは21年にタイで製造拠点を稼働させる計画。ゴールドウインの渡辺貴生副社長は「研究を進め、25年ごろまでにアウターやTシャツ、シューズなどへ拡大させたい」と話す。規模拡大へ。より密な連携が必要になってくるのは間違いない。

<span class="fontBold">ゴールドウインとスパイバーは4年越しで人工たんぱく質を使った繊維の商品化にこぎ着けた</span>
ゴールドウインとスパイバーは4年越しで人工たんぱく質を使った繊維の商品化にこぎ着けた