オープンイノベーションには3つのタイプがあることが知られている。具体的にどんな違いがあるのだろう。まずは大企業の取り組みから、各タイプの具体例を見ていこう。

 「『わたしはあんこびーる』で乾杯しましょう!」。2019年6月下旬、開発担当者のRenさんが声をかけると、都内のイベントスペースに集った53人がグラスを合わせ、淡い茶色のビールを口に含んだ。「甘さだけじゃなく塩味を感じる」「豆の香りもあって不思議なハーモニーだね」。参加者たちは思い思いの感想を語り合っていた。

<span class="fontBold">完成したビールは、発案者や関係者のほか、一般の参加希望者と一緒に味わう。</span>
完成したビールは、発案者や関係者のほか、一般の参加希望者と一緒に味わう。

 このイベントは、サッポロビールと、食に関するアプリやイベントを手掛けるスタートアップのキッチハイク(東京・台東)が開催した、新しいクラフトビールをお披露目するパーティーだ。この日の主役はあんこをテーマにしたビール。製造したのはサッポロだが、開発を主導した「Renさん」はサッポロの社員ではない。広告代理店で働く一般の消費者だ。

 サッポロは「ホッピンガレージ」と名付けたこの取り組みを18年10月に始めた。オリジナルのビールをつくりたい消費者をウェブサイトで募集。集まった案の中から、発案者とサッポロの担当者が一緒に開発を進める。月に1種類のクラフトビールを中瓶で40本だけ製造する。

 サイト上ではビールを味わえるイベントの参加者も募り、発案者とともに皆で新しいビールを楽しむ。既に10種類のビールが誕生。今年9月には一部のビールを一般販売する予定だ。

 消費者のアイデアや意見を取り入れて新商品を生み出すホッピンガレージ。この取り組みはオープンイノベーションの典型例だ。

 実はオープンイノベーションといっても、3つのタイプがあることが知られている。

 サッポロのケースは外部のアイデアや技術を取り込むことから「インバウンド型」と呼ばれる。ホッピンガレージを担当するマーケティング開発部ビジネス創出グループの土代裕也氏はこのタイプのオープンイノベーションに取り組み始めた理由を、「ビール会社の社員だけでできる創造には限界があるからだ」と話す。

 消費者調査をしても結局は既存の売れ筋商品に似た味に近づく。これではヒット商品は生まれない。だが、「創造性を持った人は世の中にたくさんいる」と土代氏。消費者が持つ新鮮な発想を取り込み、驚かれる新商品の開発につなげようというわけだ。

 外部の声は徹底的に取り入れる。消費者から集めた開発案を絞り込む段階では、サッポロとキッチハイク、デザイン会社の担当者計8人が合議制で決める。これも社員が「サッポロらしい」と考えるアイデアを優先してしまうのを避けるためだ。

<span class="fontBold">会議には発案者も参加し、味や名前などの詳細を議論する</span>
会議には発案者も参加し、味や名前などの詳細を議論する

 アイデアを具現化する過程では、味のイメージ、名前、パッケージ、お披露目するイベントの詳細といった必要事項を3時間のミーティングで決めていく。発案者や土代氏のほか、サッポロのブリュワーやイベント企画担当者、キッチハイクの担当者らが一堂に集まり、議論を重ねる。そして最終的な判断を下すのは発案者である消費者だ。

 通常のビールの開発では数字に裏付けられた情報を基に消費者の好みを具現化していく。「サッポロがつくるビールなのに、開発の経験がない一般消費者の感性だけで味や香りを決めて大丈夫か」。こうした意見も社内には存在する。実際、サッポロのメンバーは味や名前を決める際に口を出したくなることもあるし、発案者から決めてほしいと頼まれることもある。

 しかし、「そこでサッポロの人間が主導しては、オープンイノベーションの意味がない」と土代氏は言い切る。少量限定製造だからできる挑戦として1人の消費者の感性に任せるやり方を選んだホッピンガレージ。消費者ならではの創造性に触れるオープンイノベーションが社内のビール開発に新たな風を取り入れる効果もサッポロビールは期待しているという。

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