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戦後、「持つ経営」で成長してきた日本企業は、バブル崩壊後、「過剰」におびえるようになった。「持たざる経営」による復活は投資家も歓迎したが、失ったものも小さくなかった。

 売り上げはすべてを癒やす──。かつて小売業の盟主として一世を風靡したダイエーの創業者、中内㓛氏の言葉だ。ダイエーは食品から生活雑貨、衣料、家電に至るまで生活必需品をそろえたGMS(総合スーパー)を全国展開。積極的な出店で、日本の小売業で初めて売上高1兆円を超えた。

 この成長を支えたのが、積極的な投資を通じた「持つ経営」だった。銀行から金を借り店舗用地を購入。店を造り売り上げを立てる。出店効果で周辺の土地価格が値上がりするとその土地を担保にまた借金をして出店した。

 「投資せずして成長せず」を信じていたのはダイエーだけではなかった。積極的な設備投資で新たな需要を喚起する製品を販売する。各企業はこぞって工場を建て、人を雇い、生産に励んだ。国もこの動きを歓迎した。高度経済成長真っただ中、1960年の経済白書は、活発な設備投資の動きを「投資が投資を呼ぶ好循環」と評価している。

 GDP(国内総生産)に占める企業の設備投資の割合は高度経済成長期、20%台を維持してきた。70年代に発生したオイルショックでいったん鈍化するも、バブル経済に向け再び増加した。

 だが、そのバブルが崩壊し、日本経済が「失われた10年」ともいわれた長期低迷に入ると、状況は一変する。企業は「設備」「雇用」「負債」という3つの過剰への対策に追われることになった。今まで「将来の種まき」と見なしていた設備投資に対し、経営者は「過剰投資」におびえるようになった。かつて時代の寵児だったダイエーは不動産市況の低迷を受け、経営不振にあえいだ。同社の再建は社会問題となり、2004年に産業再生機構に支援を要請。その後イオンの傘下となり、最終的に「ダイエー」の名前は消滅した。