樫尾4兄弟が創業したカシオ計算機。前社長、和雄氏が亡くなり、経営は「第2世代」に移った。和雄氏の長男、和宏社長は創業家であることを強く自覚しながら、樫尾家の役割を練り直している。代替わり後の所有と経営のあり方をどうするかは、多くの同族企業に共通している課題だ。

 4人の兄弟で創業した町工場を世界企業に育て、4人の息子たちが第2世代として重職を担う。そして株式は今も樫尾家の資産管理会社で所有する。カシオはファミリー企業という枕言葉がしっくりくる会社だ。

 創業期は危機の連続だった。電卓のもととなる電気式計算機をいち早く世に出したものの、手軽な電卓では出遅れた。1960年代は資金繰りに窮したこともある。大企業になったはずのこの20年も、エレクトロニクス製品ばかりのポートフォリオ(事業構成)で業績が安定せず、4度の赤字を出している。

 そのいずれも創業家の指揮で乗り切ってきた。長兄の忠雄氏は60年代、自宅を担保に入れて借りたお金で会社を救ったという。三男で昨年亡くなった和雄氏は2000年代前半に業績が低迷すると、薄型デジカメや電波時計といった個性的な商品にカジを切って急場を脱した。

 カシオの名を知らしめた大ヒットの裏にも、いつも創業家がいた。1970年代前半に一世を風靡した電卓「カシオミニ」は次男の俊雄氏が開発を指揮した。和雄氏が表示を8桁から6桁に減らすよう指示して価格を3分の1に抑えたことで世に受け入れられている。発売から10年間冴えなかった「G-SHOCK」も和雄氏が中核製品と位置付けて広告宣伝費を投下し続け、会社を支える看板商品に育てた。

自分がやらなくてもいい

 4兄弟はいつも具体的な指示を出して特徴ある製品群を生んできた。2015年に社長に就任した和宏氏はどうだろうか。18年5月にコンパクトデジタルカメラからの撤退を発表するなど、創業家らしく大胆な決断をする経営者に見える。だが本人は、これからの創業家が果たす役割は、これまでとは変わると思っているようだ。

 「オーナーシップとしての創業家のポジショニングは、今後のカシオの継承のために欠かせない。カシオの強みが経営に生かされているかを見ているのが本来の創業家の役割だろう」。和宏氏は日経ビジネスの取材にこう答えた。社長職を担い、経営に責任を持つ一方、創業家としての立場から考えると樫尾家は今後、「監視役」になっていくのだという。

 下の家系図にあるように役員には現在、和宏社長のほか俊雄氏の息子の隆司氏、幸雄特別顧問の息子の哲雄氏という2人のいとこが名を連ねる。忠雄氏の息子の彰氏はカシオ株の1.36%を持つカシオ科学振興財団の評議員長に就いた。和宏氏は「創業家がつくってきたものをいい形で継承しなければという使命感はある。4兄弟の息子が1人ずつカシオにいて、たまたま私が代表して社長をしているだけという意識だ」と話した。

カシオ計算機の経営は第2世代に
●樫尾家の家系図(敬称略)
注:隆司氏、哲雄氏の肩書は2019年6月27日以降
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