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自分が勤める会社が他の企業に売られれば、働く者の運命は大きく変わる。会社売却を機に、待遇が悪化し仕事へのやりがいを失った人もいる。逆に、会社員人生が花開いたとの声も。両者の明暗はどこで分かれたのか。

 「今のシャープに、かつてのシャープらしさはない。何とも言えない虚しさがある」。元シャープ社員で、現在は中国ソフト開発大手と共同で設立したAI(人工知能)開発会社、ハイシンク創研(京都市)の社長を務める巽雅幸氏はこうため息を漏らす。

大阪市阿倍野区のかつての本社は会社再建のリストラ対象となり、家具販売の「ニトリ」に売却された(2017年4月、袖看板が布で覆われる)(写真=読売新聞/アフロ)

 2016年3月までは生産装置を扱うグループ会社「シャープマニファクチャリングシステム」の社長として在籍。一連の売却騒動に嫌気が差して30年以上勤めた古巣に見切りをつけ、同年秋に起業した。「昔の仲間の話を聞く限り、仕事に自由度がなく、社内向けの作業ばかりが増えている。やりがいを見つけるのは難しいと思う」。今は台湾のEMS(電子機器の受託製造サービス)世界大手、鴻海精密工業に“売られた同僚”の身をこう案じる。

2016年にシャープを辞めてAI開発会社を設立した巽氏。かつてはシャープ子会社の社長を務めた(写真=行友 重治)

 大阪府堺市の最先端液晶工場への4000億円超に上る巨額投資などが裏目に出て、10年代初頭に経営危機に陥ったシャープ。その迷走劇は紆余曲折を経ながら16年4月、鴻海傘下に入ることで決着した。それを機に業績自体は復調。17年3月期に債務超過を解消し、12月には東証1部に復帰した。18年3月期は702億円の最終利益を確保。19年3月期も米中貿易摩擦などの影響で業績を下方修正したものの、前の期比20%以上の増益を見込む。

 だがM&A(合併・買収)によって会社がV字回復を遂げた一方で、巽氏のように「社員の満足度は低くなっている」と証言する関係者は少なくない。業績不振から売却騒動、そして今に至るまで、シャープの一部の社員たちはどんな体験をしてきたのか。

リストラで一度復調も、「ダブルショック」で売却
●シャープ経営危機から鴻海による買収に至るまで
出所:シャープの発表などから日経ビジネス作成

シャープ売却騒動の舞台裏

 多くの社員たちが「会社が売られるかもしれない」と感じ始めたのは、12年3月期に液晶の在庫処分と工場の稼働率低下などで巨額赤字を計上し、鴻海や韓国サムスン電子などとの資本提携交渉が表面化したころだ。その予感は15年3月期に再び巨額損失を出したことで現実味を帯びたが、当時、社内には「売却された方が会社はよくなる」との声もあったという。

日伝の統括部長に転身した合田氏は「シャープが完全になくなってはほしくない」と気にかける

 「構造改革は進まず、昔の成功体験ばかり話す幹部が増えて、若手の意見が潰されていた。外資の傘下になればガラッと環境が変わるのではないかという意見だった」。当時、シャープで課長職に身を置き、現在は産業システム専門商社、日伝に転じた合田英祐氏はこう振り返る。

 ところが実際に16年夏、鴻海の郭台銘会長の命を受けた戴正呉氏が社長として送り込まれて「鴻海流改革」が始まると、期待以上に戸惑いが社内に広がったという。関係者が感じた、鴻海流改革によってシャープ社内で起きた変化は主に次の3つだ。

  • かつてないハードワーク(売られた社員の運命①)
  • 人事評価権の喪失(売られた社員の運命②)
  • 「台湾(親会社)ファースト社員」の増加(売られた社員の運命③)

 まず①。鴻海流改革の神髄は、それまでのシャープにはないハードワークだった。最短2年での黒字化を目標に、17年3月期からの2期で構造改革とシナジーを合わせ計約2200億円のコスト改善を果たしたが、管理職の一部は連日午後10時ごろまで働き、週末も仕事せざるを得なかった。「金曜日に連絡が来て、月曜日の報告を要求されることもざらだった」(18年にシャープを辞めた元課長)

 シャープは12年に約3000人、15年に約3200人と2度の大型リストラを実施。現場の人数が減っている中でも、コストを抑制するには一般社員はできるだけ午後6時前の定時に帰さなければならない。しわ寄せを受けたのが、裁量労働の部課長クラスだ。

 激務となっても、金銭面でそれが報われるなら許容もできる。実際、戴社長は会社に貢献した社員に報いる「信賞必罰」の給与制度を導入した。最高評価の社員に最低評価の社員の8倍の賞与を与える仕組みだが「問題は、貢献したか、頑張ったかといった判断をする権利を『台湾』が握ってしまったこと」とある元社員は指摘する。

 シャープでは、各事業部とそれらを統合する事業本部を、戴社長が統括する本社が管理する構造になっており、最終的に人事評価を決めるのは「戴氏と周辺の人たち」(現役社員)。ただ、現場からすると、評価基準が分からないのだという。「高額ボーナスが認められるのは若手だけ。それも事業部として上げた評価とは一致しないことが多く、部下の社員に対して説明できなかった」と前出の元課長は話す(②)。

日経ビジネス2019年5月13日号 30~39ページより