経済的独立をしても働く人

 この仮説が正しければ、PART2に登場したファイア実践者の多くが、十分な資産を築いた後もなぜ地道に働き続けているか、明確に説明できる。働くのをやめて、人との関わり合いを断ってしまえば、人に褒められることも、「人の役に立っている」「必要とされている」と実感する機会も大きく減ってしまうのだ。

 「将来への不安はないのに、リタイアして5年もたつと何らかの形で世の中とつながりたくなった」。こう話すのは元GSの杉山氏。ゴルフクラブをのぞいても、いるのは初老のシニアばかりで話の合う現役世代がいない。パーティーはもともと好きではなく、旅行をするのもやがて飽きた。結局、50歳を前にして、一般の人に金融知識を啓蒙する活動を始めることにしたという。

 中には、起業に成功してファイアした後に、再び会社を立ち上げた人もいる。

 ファンサイトのプラットフォームを提供するSKIYAKIの宮瀬卓也社長もその一人だ。1997年に早稲田大学を卒業し、レコード会社を経て、2001年に携帯電話で見られるアーティストのファンサイトを作る事業を開始。02年には「着うた」サービスを手掛け、事業拡大に成功した。

<span class="fontBold">起業した会社を売却して一度は引退。子育てを経て、3年後に会社経営に復帰した宮瀬卓也氏</span>
起業した会社を売却して一度は引退。子育てを経て、3年後に会社経営に復帰した宮瀬卓也氏

 34歳だった08年5月、経営していた会社の株式を2億円で売却し、5億円ほどの財政的自由を手に入れて引退。子育てを満喫するためだった。しかし、11年に「自分のアイデンティティがなくなった」と考え、ビジネス界に戻り、会社の経営を再開。17年10月に上場したSKIYAKIは当初、毎月1000万円の赤字が重なってのスタートだった。

 引退後、こうした選択をする人はほかにもいる。

 三菱UFJ信託銀行などで2000億円のファンドを1人で担当した元ファンドマネジャー、梶井広行氏。50歳を前に一度は早期退職しながら、今は「株メンター」という会社を立ち上げ、投資相談を手掛けている。長年磨き上げた運用技術のおかげで「お金には困っていない」にもかかわらずだ。

<span class="fontBold">2000億円ファンドのマネジャーをしていた梶井広行氏は、使命感に駆られて金融機関を早期退職した</span>
2000億円ファンドのマネジャーをしていた梶井広行氏は、使命感に駆られて金融機関を早期退職した

 「動機は使命感と罪悪感だ」と梶井氏は語る。金融機関で働いていた時には、世の中には曖昧な情報と口先の資産運用指導があふれていることに疑問を感じ、それを指摘しないことに罪悪感を覚えていた。

 金融機関の冠を下ろした今は、思う存分、投資指導ができる。得る収入は金融機関時代には遠く及ばないが、指導した顧客からの感謝の言葉が何よりの報酬だ。

自由より大切なもの

 もちろん、若くして経済的独立を果たした人の中には、新たに仕事をせず自由な暮らしを謳歌し続ける人もいる。しかし、人に褒められ、「誰かの役に立っている」「必要とされている」と実感することの方が、自由や収入以上に幸福だと最終的に思う人も少なからずいるのだ。

 こうして一つの結論が見えてきた。普通の人でも実践できるベストな人生を手に入れるための方法。それは、究極の幸せ4原則の②~④を感じられる環境で働き続けることだ。

 だが、そのために個人と企業は具体的に何をすればいいのか。あいさつ運動、社員同士が感謝を伝え合うサンクスカード、成果を上げた社員をたたえる表彰制度……。いずれもやらないよりはいい。しかしより確実な方法を既に日本理化学工業が示している。ダイバーシティだ。

 日本企業、特に大企業の多くは同質的な人材で構成されている。新卒一括採用で同じような年代の同じような学歴の人材を同じような方法で育成。多くの人は専門性の高い「スペシャリスト」でなく、「ゼネラリスト」になっていく。

 こうした同質的な組織作りは、代替人材をすぐ確保できる分、BCP(事業継続計画)上は有効だ。が、行き過ぎると、所属するメンバーが「組織の役に立っている」「必要とされている」という実感を十分に得にくい環境になる。自分の代わりは“いくらでもいる”と思うからだ。

 また、皆が同水準のスキルを持っているから、誰かが成果を上げても「自分でもやろうと思えばできた」と考え、褒め合う空気も生まれにくい。

 十分にダイバーシティが進んだ組織は違う。例えば全く別のスキルと専門知識を持つ人材だけが寄り集まった究極の多様化組織では、メンバーはおのずと互いを尊重し、自分にも誇りを持ちながら仕事をせざるを得ない。お互いに褒め合い、それぞれが組織から自分が必要とされ、役に立っていると実感できる機会はずっと増える。

 日本理化学工業が「やりがい」であふれるのは、まさにここだ。

 ずば抜けた集中力で成型してまだ軟らかいチョークの幅を変えず均一な長さに切る障害を持つ社員の成長力にそれ以外の社員は驚嘆し、「ありがとう」「すごい」と褒めたたえる。

 しかし、障害を持つ社員がそうやって活躍できるのは、彼らを支える社員が様々な知恵を絞り、道具を変え、部品を変え、環境を整えてきたからだ。ノギスを使わずにチョークの太さを測る道具、数字が読めない人のために機械を動かす時間は砂時計で測る……。そうした創意工夫がなければこの会社は回らない。

 だからこそ、同社の従業員84人は皆が褒められ、「自分は役に立っている」「必要とされている」と思いながら働けるのだ。

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