ベストな人生を実現するための第一の選択は、万人に目指せるものではない。だがこれから先、働く喜びや人生の幸福度を高めると考えられる方法はもう一つある。そのヒントは、多摩川のほとりに立つ創業80余年の小さな町工場にある。

<span class="fontBold">日本理化学工業の工場では障害者が会社を支える</span>(写真=陶山 勉)
日本理化学工業の工場では障害者が会社を支える(写真=陶山 勉)

 川崎市高津区の多摩川沿いにある1937年創業の文具メーカー、日本理化学工業。工場内に足を踏み入れると、従業員が真剣な表情で業務に取り組む光景が広がる。

(写真=読売新聞/アフロ)
(写真=読売新聞/アフロ)

 製造しているのはダストレスチョーク。歯磨き粉などに使われる炭酸カルシウムが原料で、なめらかな書き心地と人体への影響の少なさが特徴だ。日本工業規格(JIS)に適合する高精度なチョークについて、日本理化学工業は国内で5割以上のトップシェアを誇る。

 現場で働く従業員は職人そのもの。オレンジや赤などに着色された原材料を棒状に成型。形を崩すことなく取り分け、均一の長さに切断して焼き固めていく。検査では不良品を瞬時に選別する。

「幸福感」であふれた職場

 一見すると、日本中にあるモノ作りの現場だが、大きく異なる点がある。日本理化学工業の生産ラインを支える多くが知的障害者なのだ。

 川崎市と北海道美唄市の2拠点での全従業員、84人のうち実に7割超の62人を障害者が占める。

 健常者とともに生産現場を支える姿は、世間一般の障害者雇用のイメージとは一線を画す。休憩時間になると、工場の中は障害者と健常者がわけ隔てなく談笑する空間となる。真剣に仕事に取り組み、休憩時にはあふれ返る笑顔。ほぼ全ての社員が不満や不安もなく、強いやりがいを持ち、幸せに働いている──。そんな印象を受ける。

 入学シーズン前の繁忙期には残業もあり、北欧のようにワークライフバランスが確立しているわけでもない。多くの社員はチョーク作りが好きで入社してきたわけでもない。それでも離職率は低く、「ほぼ全ての従業員が離職することなく定年まで勤め上げる」と大山隆久社長は話す。

 同社に今の雰囲気が生まれたのは、60年ほど前、障害者の雇用を始めてからだ。

 「知的障害者の平均寿命は短い。一生を終える前に一度だけでも働く体験をさせてやりたい」。そんな養護学校教師の訴えを聞き、大山泰弘会長が2人の障害者を期間限定で雇ったのがきっかけだ。

 「最初は断ったが、あまりに熱心な先生で、2週間程度の就業体験ならと引き受けた。初めは、同情心となりゆきからだった」と大山会長は正直に振り返っている。

 ところが、2人は始業の1時間前には会社の玄関に来て、仕事が始まれば絶対に手を休めない。どうしたらこんなに一生懸命になれるのかと思うほど、これ以上ない幸せなそうな顔で働く。

 そんな2人の存在は、2週間が過ぎる頃には会社の空気を変えていた。

 「彼らを雇ってほしい。あの子たちにできないことがあるなら私たちがみんなでカバーします」と従業員一同が申し出たのだ。以来、体制を整備し、同じような障害者を少しずつ雇うようになったという。

 ただ、大山会長もその後を継いだ大山社長も、一つ分からないことがあった。「障害を持つ社員は、工場で汗水たらして働くより、施設でのんびり暮らした方が幸せなのではないか」

 この疑問が解けたのは、大山会長が出席した禅寺での法事でのことだ。先の疑問を投げかけたところ、住職はこう答えたという。

 「人間の究極の幸せは、『①愛されること、②褒められること、③役立つこと、④必要にされること』。施設や家庭でできるのは①だけで、②や③や④は働くことでしか得られない」

<span class="fontBold">大山隆久社長は従業員へ「ありがとう」など声掛けを欠かさない</span>(写真=陶山 勉)
大山隆久社長は従業員へ「ありがとう」など声掛けを欠かさない(写真=陶山 勉)
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 大山会長はこの言葉で、60年前のあの日からなぜ会社が変わったのか理解した。日本理化学工業では、人に褒められ、「人の役に立っている」「必要とされている」と実感し、幸せを感じているのは障害を持つ社員だけではない。それ以外の社員も、障害を持つ社員から敬意を払われ、「人の役に立っている」「必要とされている」と感じているのだ。

 このケースが示す仮説は次の通り。仕事で成果や収入がどうであろうと、ワークライフバランスがうまくいかなかろうと、大好きな仕事でなくても、究極の幸せ4原則の②~④を実感すれば、人はやりがいを持って働き、幸福を感じ取れる──だ。

続きを読む 2/3 経済的独立をしても働く人

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