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 「バブルの塔」。そう呼ぶにふさわしい、雲を模した派手な外観の複合ビル「ジュールA」が、地下鉄麻布十番駅を出ると、すぐに目に飛び込んできた。外車や高級ブランド、フィットネスジムなど富裕層向けのテナントを想定して建造された、バブル時代の残滓だ。

バブルの最後の大物、渡辺喜太郎は今、84歳。家族が経営する不動産会社から顧問料を得て、暮らしている(写真=涌井 直志)

 このビルを建てたのは、当時、米フォーブス誌長者番付で世界6位に認定された男だった。渡辺喜太郎。麻布自動車、麻布建物の元社長だ。

 渡辺は今も「麻布自動車グループ会長」の肩書を持つ。麻布十番駅近くのビルの2階にオフィスを構える。ガラス張りの部屋で、渡辺は革張りのイスにもたれていた。ツイード生地の帽子に赤い縁のメガネ、ピンクの花柄のシャツにジーンズと、84歳とは思えないファッションに身を包む。

 1980年代のバブル最盛期、麻布を中心に160以上の土地とビルを所有し、ハワイで6つのリゾートホテルを買収。1兆円近い資産と負債を抱えた “バブル紳士”の多くが鬼籍に入る中、渡辺は最後の生き残りと言える存在だ。

「もう、使い切れないよ」

 空襲で両親を失った渡辺は、22歳の時に東京で中古車販売会社を立ち上げる。並行輸入による外車の販売もいち早く手掛け、富と名声を築いていく。

 中古車1台売れば7万円の利益が出た。当時の初任給の2倍以上の金額だよ。オレは月500台売っていたからね。しかも、クルマを置くために買った土地が高騰したから、あっという間にカネ持ちになっちゃった。

 80年代の初頭まで、渡辺はベンチャー企業の一経営者でしかなかった。しかし、バブルの渦中に誘う使者が突然現れる。渡辺の会社にバイクで乗りつけたのは三井信託銀行(現・三井住友信託銀行)の社員だった。「副社長が会いたいと言ってます」。紹介されたのが、後に同行社長となる中島健だった。

 本店に行ったら、中島さんは「全部で借金いくらあるんだ。金利を半分にしてやるから、全部返してうちをメーンバンクにしろ」という。

 中島さんは、融資とセットで土地の買収も持ちかけてきた。それで麻布の真ん中の、トヨタの販売店が持っていた土地を100億円で買ったんだよ。

 六本木の地上げ会社を、中島さんに頼まれて作ったこともある。「三井信託が3000億円を出して、全部お膳立てするから」って。信用されるのはうれしかったけど、それ全部オレの借金になるんだよね。

 ロッキード事件で国会の証人喚問を受けたことで有名な政商、小佐野賢治とも強いつながりがあった。小佐野の勧めで海外のリゾートホテルやゴルフ場の買収も手掛けるようになる。

 小佐野さんとはラスベガスで仲良くなった。彼はハワイのアラモアナ・ホテルを「オレがこれ以上買うと独占禁止法に引っ掛かる。お前が買え。支配人に話は付けてある」って言うのよ。ワイキキのハイアットリージェンシーを買う時も「カネは作ってある。東洋信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)に300億円あるから持っていけ」って。