この記事は日経ビジネス電子版に『エマニュエル・トッド氏「第3次世界大戦が始まった」』(5月30日)、『エマニュエル・トッド氏「日本はウクライナ戦争から抜け出せ」』(5月31日)として配信した記事を再編集して雑誌『日経ビジネス』6月13日号に掲載するものです。

ロシアのウクライナ侵攻が長期戦の様相を呈し、混迷が深まっている。その問題点や打開策を見いだすためには、歴史的な視点を持つことが欠かせない。ソ連崩壊やトランプ大統領誕生を言い当てた歴史学者であるエマニュエル・トッド氏は、この戦争をどう見ているのか。

(写真=AFP/アフロ)
(写真=AFP/アフロ)

ロシアによるウクライナ侵攻のニュースを聞き、どのような感想を持ち、どのような感情がわき起こってきましたか。

 世界史の転換点だと感じました。私は地政学的な観点から物事を見ています。これまでロシア勢力の台頭、特に経済成長やロシア社会の安定化を見てきました。ですので、ロシアはようやく今、米国に挑めると思ったのだろうと感じました。目の前で歴史書が書かれているような、驚きに値する経験です。

 私はロシアと米国の力関係について長らく研究をしてきました。米国はロシアの2倍の人口を抱えていますが、さまざまな基本指標を見ると、ロシアは状況が好転し始めており、逆に米国は状況が悪化していることを見いだしました。例えばロシアの乳幼児死亡率は米国以下になっています。こういうデータに基づく、ある意味冷たい分析を通して両国の関係性を見てきました。

 私は以前からロシアの外交官や戦略家の発言も注視してきました。パリにあるロシア大使館の人たちにもよく会っていました。何年も前から彼らの歴史的な認識レベルが非常に高いと感じてきました。プーチン氏が西洋を脅かす事態において、そこに狂気じみた人物を見たのではなく、ある意味、戦略的な実践、実行というものを見たのです。

 ですから、西洋側で「プーチン氏は狂っている」「ロシア人たちはひどい」などと言われている状況を見ると、非常に感情的になっているように思います。

ウクライナは“事実上”の北大西洋条約機構(NATO)加盟国と指摘しています。なぜでしょうか。

 元米空軍軍人で現在シカゴ大学教授の政治学者ジョン・ミアシャイマー氏の問題提起に基づいています。ウクライナ軍は米国と英国により再組織化され、米国のシステムを使って情報を得ています。米軍とNATOへの同化レベルという意味では、ウクライナ軍はフランス軍よりも高いかもしれません。

 米国は同盟国、あるいは保護国である国々を、自国側に付けることに成功しました。欧州はウクライナに武器を提供し、さまざまな経済制裁によってロシア経済の崩壊を狙っています。一方、敵側もロシアと中国という2つの大陸にわたっており、戦争が広範囲に広がっています。こうした状況から、私は第3次世界大戦が既に始まっていると考えています。