全4521文字

1990年代のバブル経済崩壊以降、成長の道筋が見えず、あるべき国の形も定まらない日本。新型コロナウイルス禍はそうした日本の実情を浮き彫りにしている。日本はどうあるべきなのか。仕事とは、生きることとは何なのか。コロナ下で解決すべき問題点を有識者に聞いた。

 コロナ禍で萎縮し、「先が見えない」と下を向くだけでは何も前に進みません。逆境は乗り越えるしかない。大切なのは克服するための戦略と目標、覚悟です。自分で決めた目標に向かい、突っ走っていく覚悟です。

安藤忠雄
安藤忠雄建築研究所代表。1941年生まれ。95年プリツカー賞受賞。97年から2003年まで東京大学大学院教授。(写真=太田 未来子)

 「あれがない、これがない」とハンディキャップを言い訳にしていたら、行動は起こせない。ないならば、ないなりに、やっていく方法を考えたらいい。

 私は2009年と14年の2回、がんの手術をし、胆のう・胆管から十二指腸、膵臓(すいぞう)に脾臓(ひぞう)と5つの臓器を全摘出しました。膵臓がないから毎日自分でインスリンを打って血糖コントロールをしなければならない。食事も細心の注意が要ります。病院から「これまで通りにはいかない」とくぎを刺されましたが、今も元気です。

 しっかりと昼休みを取るなど仕事のペースを落としつつ、体力をつけるために1日1万歩の運動はどんなことがあっても絶対に欠かさない。「内臓がないのも個性」と割り切り、やるべきことを果たせば生きていけるんです。そうして、今も仕事を続けている。

 仕事とは、生きることとは、“闘い”ですよ。その“闘い”において私はずっと暴走族でありたいと思っています。自分で「こうするんだ」と決めたら、そこに向かって突っ走る暴走族。障害物があっても強引に突き進むので嫌われます。仕事で10人の関係者がいたら7人くらいは私のことを疎ましく思っているのでは。それでも暴走します。言いたいことを言って、やりたいことをやらせてもらう。いつかクラッシュするでしょうが、そのときはそのときです。

 半世紀前の日本の経営者は皆そんな雰囲気だったと思います。止まれば倒れる二輪車のように目標・夢に向かって走り続け、会社を育て、社会をけん引し、国を支えた。ホンダの本田宗一郎さん、ソニーの盛田昭夫さん、サントリーの佐治敬三さん。年を重ねても夢に目を輝かせ人生を走っていました。

 戦後日本の経済復興の原動力は、結局あの世代の人間力だったんです。逆境でも目標・夢に向かって走っていれば元気になる。時代の先が見えなくとも、自分なりの夢や希望は持てるでしょう。おのおのが人生に誇りを持てば、日本再興も不可能ではないはずです。

 日本人は主張しなくなりました。1969年の東大紛争が最後かもしれない。昔は知識層が闘ったんです。20代の最後に世界を旅して回った際、東大紛争の原点というべき68年のパリ五月革命に遭遇しました。異様な緊張感に包まれた街で闘っているのはインテリゲンチアの学生だった。フランス語でまくしたてる主義主張は分からなかったけど徹底的にあらがうんだという意志・感情が伝わり、心を動かされました。

 今の日本はどうでしょうか。70年代以降、経済発展を遂げ、日本のインテリから闘いの姿勢が失われたように見えます。完成され成熟した社会を引き継いだ世代はあえて闘おうとしない。闘いに敗れ今あるものを失うことが怖いから。いかに間違えないかという減点法が物事の評価軸になっている。だから根幹のシステムが壊れるような危機にひんすると思考停止に陥ってしまう。

 前に進むこととは問題を起こすことなんです。人生100年時代というくらいですから年齢も問題ではない。青春は若者の特権ではないんです。だからパンデミックを前に意気消沈する必要なんてない。そう私は感じています。

日経ビジネス2020年9月14日号 18~20ページより目次