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世界保健機構(WHO)が1月31日に緊急事態宣言を出してから約1カ月。新型コロナウイルスの影響が日本全体に広がってきた。感染拡大のピークはいまだ見えず、企業活動や消費者の動きを縛り始めた。イベントや外出などの自粛に伴う影響は、東日本大震災後を上回るとの試算もある。サプライチェーンから消費、働き方、政権まで、日本の既存秩序を揺るがしている。

 「とにかく最初に音をあげないこと。完成車メーカーに『納入できない』とは言えない」。ある日本の自動車部品大手の幹部は悲壮な表情でそう語る。湖北省を除けば、日本企業が中国に持つ工場は徐々に稼働を始めている。しかしサプライチェーン全体では新型コロナウイルス感染拡大の影響が顕在化する可能性はこれから高まりそうだ。

 労働者不足や物流停滞などの理由から、各社の中国工場はフル稼働には遠い状況。日本への輸出分などは春節休暇前に作りだめしていたが、「3月に入れば在庫がなくなりそうな部品もある」(別の部品関係者)という。

 日本の自動車産業はこれまで、地震や台風、洪水などの被害に遭うたびにサプライチェーンの見直しを進めてきた。複数ルートでの部品購買は基本中の基本だ。ただ「ウイルスによって被害が広がる事態は想定してこなかった」(部品大手幹部)。

調達見直しや拠点の縮小・移転の動きも
●日本企業の新型コロナウイルスへの対応
出所:東京商工リサーチ「新型コロナウイルスに関するアンケート」(複数回答)。国内企業2638社が回答

 人材会社エン・ジャパンが全国の企業を対象に実施した調査では、「新型コロナウイルスの流行以前から感染症を想定したBCP(事業継続計画)が策定されていた」のは22%のみ。復旧計画を立てながら対応を重ねる自然災害と異なり、影響がどこまで広がり、いつ収まるのかの全体像が見えてこない。

 「自社以外の欠品によって完成車メーカーの工場が止まるのが一番ありがたいというのが本音」とある部品大手の幹部は明かす。日産自動車の九州工場が2月中旬以降に一時停止した際には、一部の日産系部品メーカーの間で安堵感が広がった。

電子部品で進む中国依存

ホンダの中国・湖北省の工場稼働再開は3月11日以降になる見込み(写真=共同通信)

 今回の新型ウイルス感染拡大は、自動車のサプライチェーンの「盲点」を浮かび上がらせた。電子系部品を中国に依存しているケースが多いことだ。

 ホンダでは2月14日に発売したばかりの新型「フィット」の一部車種で納期遅延が出ている。中国製の電子部品の調達遅れが指摘されており、同社も「中国の影響はある」と認める。不足しているのは補助的な部品でラインが止まるほどではないという。トヨタ自動車系のある部品メーカーの関係者は「仕入れは分散させているが、その仕入れ先が同じ1社から調達している場合がある」と指摘する。

 サプライチェーンを見直すとしても、完成車メーカーも含め、各社の前には壁が立ちはだかる。今後1年以上にわたって事態が長引くリスクもあれば、コロナウイルスの猛威が収まって数週間でフル操業に戻る可能性もある。自動車の場合、世界最大の市場である中国でサプライチェーンを容易に崩すわけにはいかない。発注先を他国などに振り替えた場合は、下請け会社には金型や製造設備などへの投資が伴う。投資決定後に発注を抑えれば「下請けいじめ」の汚名も着せられかねない。

 サプライチェーンがきしんでいるのは自動車だけではない。トイレ大手のTOTOは2月18日、「ウォシュレット」の部品調達に支障があるとして製品に納期遅れの可能性があると発表した。ウォシュレットはヒーター、ノズルなど複雑な部品で構成されており、それぞれがノウハウの固まりだ。同社の中国7工場のうち24日時点で稼働しているのは3工場だが、「終わりが見えないことが対応を難しくしている」(関係者)。日経ビジネスが読者を対象に実施したアンケート(最終ページ参照)でも、「便器や食洗器、建材等が納期未定のため住宅の引き渡しができない」といった声があった。

 電機製品も同様だ。パナソニックは2月に入り、販売店でパソコン「レッツノート」の在庫切れが発生していることをおわびする文章を直販サイトに掲載した。「製造に必要な部品の入荷時期が不透明」としており、この状況が続けば「3月中旬から出荷が止まる可能性がある」(同社)という。

 任天堂が中国で製造しているゲーム機「ニンテンドースイッチ」も「生産はしているが限定的」(同社)で、店頭では品切れが目立つ。

 部品不足でちゅうちょしていられない業界もある。DMG森精機は、工作機械の土台となる鋳物の発注先を国内企業に切り替えた。工作機械はもともと2019年の年間受注総額が前年比32%減の1兆2299億円と市場低迷が顕著になっている。「(コロナウイルスの影響による)部品の欠品対応などを考えると反転時期が最低3カ月は後ろにずれそう」(飯村幸生・日本工作機械工業会会長=東芝機械会長)というのが業界の共通認識で、各社は影響を和らげようと対策に躍起だ。

 海外勢も動いている。米ニューヨーク・タイムズの報道によると、米アマゾン・ドット・コムは中国から輸入している取り扱い商品のうち販売数の多いブランドの発注の量と回数を増やすなどで供給不足に陥らないよう準備を始めている。さらに外部の出店企業にコロナウイルスの影響についての調査も依頼。夏に開催しているセールイベント「プライムデー」での品不足を防ぐためだ。

 米中対立による「分断」に振り回されてきた製造業のサプライチェーン。思わぬ形で中国依存のリスクが顕在化したことで、改めて在り方を問われている。さらにその先には、消費冷え込みという危機的状況も迫っている。

日経ビジネス2020年3月2日号 12~18ページより目次