全5582文字

経営戦略論の研究で第一人者である米ハーバード大学のマイケル・ポーター教授が2019年末に来日した。「バリューチェーン」の考え方を広めた著作から35年。企業の社会的価値に研究領域を広げ、戦略論を深めている。CEOの時間管理の重要性や、世界で影が薄くなる日本企業が活力を取り戻す条件を、ポーター教授が解説する。

マイケル・ポーター
Michael Porter
米ハーバード大学教授
1947年生まれ。米プリンストン大学で航空宇宙工学と機械工学を学び69年に卒業。ハーバード大学大学院で71年MBA(経営学修士号)を、73年経済学博士号を取得。それ以来、同大学で講義を続け、82年に同大学の史上最年少で正教授に就任。80年に発表した『競争の戦略』や85年の『競争優位の戦略』といった主著で、「ファイブフォース」や「バリューチェーン」などの独自の分析手法を提唱した。戦略論の第一人者として知られ、近年は研究領域をCSV(共有価値の創造)やCEOの時間の使い方に広げながら論考を深めている。

(写真=栗原 克己)

 ポーター教授は1985年の著書『競争優位の戦略』を通じ、開発・製造から販売、流通までの機能を鎖のように結び付けて付加価値を生むバリューチェーン(価値連鎖)の考え方を提唱し、産業界やアカデミア(学問の世界)に多大な影響を及ぼした。近年もIT(情報技術)によって企業がどう変わるかといった経営論を積極的に発信している。

 今、最も関心を寄せているのは、企業経営者の時間の使い方だという。2018年に発表した共同論文「How CEOs Manage Time」では、グローバル上場企業などのCEO(最高経営責任者)の時間管理について、06年から継続的に調査した成果をまとめている。

 「改めて知ってほしいのは、CEOは大変忙しく、常に時間が足りない人たちだということだ。米ハーバード経営大学院では、新任のCEOを対象にしたワークショップを毎年開いている。従業員が10万人を超えるような規模で、トップのリーダーシップが極めて重要な会社のCEOが受講しており、彼らからは『時間管理がとても難しい』という話を聞いてきた。在任期間が3~4年にとどまるような場合、CEOが『何に時間を割り振るか』といったタイムマネジメントに失敗している例も散見される。ところが過去の様々な研究を振り返っても、CEOの時間の使い方についてきちんとした成果はほとんどない。私は研究を通じてCEOをサポートしようと、このテーマに着手した」

リポートラインが成否のカギ

 CEOの時間の使い方に関する過去の研究には、カナダ・マギル大学経営大学院教授で、経営戦略論を専門とするヘンリー・ミンツバーグ氏が1973年、非営利組織を含む5人のCEOを5日間調査したものや、2017年にハーバード経営大学院の教授が1114人のCEOに電話調査したものなどがある。前者は対象人数が少なく、後者は短期間に実施した短いインタビューによるもので、研究として十分ではなかった。

 「組織のリーダーシップ研究の権威であるハーバード経営大学院のニティン・ノーリア学長とともに、このテーマに取り組んだ。我々は、合計27人のCEOに対して15分ごとの時間の使い方に関する詳細な調査を、それぞれ3カ月間ずつ実施した。調査した各社の年間売上高は平均で約130億ドル(1兆4000億円)だ。

 研究の結果として、まず言えるのは、経営戦略の立案とCEOの時間の管理は相互に作用し合う関係にあるということだ。戦略の立案には時間が必要であり、戦略は組織をまとめる上で重要な役割を果たしている。CEOの時間の使い方の成否はリーダーシップそのものにつながる」

 27人への調査では、CEOの助手がCEOのスケジュールを週7日、1日24時間、15分刻みで組んだうえで、定期的にCEOに内容を確認してもらったという。それにより、CEOがどこで誰と何をして時間を過ごし、何を話し、どんな仕事をしたかが明らかになった。

 「調査を通じ、CEOは自分の時間に対して、とてつもなく多くの要求を受けている人たちであるということが把握できた。とにかくいろいろな仕事があり、忙しい。そしてCEOの時間管理ではダイレクトリポート、つまりCEOに直接報告する人物が果たす役割が重要だということが分かってきた。こうした立場の人物が優秀であれば、CEOは自らの時間をより多く確保できるからだ。逆にダイレクトリポートを仕事のできない人物が担うと、本来なら必要のない仕事までCEOが手掛けなくてはならなくなり、その分の時間が無駄になる。

 CEOにとって、ダイレクトリポートをする人物は、目の前の仕事ができるというだけでは十分でない。この立場の人物は『CEOを助けるため』というより、『CEOが目指す場所へ実際に連れていくために存在している』と言える。CEOはこうした有能な人物を直接の報告者として選んでおく必要がある」

日経ビジネス2020年1月6日号 12~15ページより目次