『レッド・ルーレット』
デズモンド・シャム著、神月謙一訳
2860円(税込) 草思社

中国で生まれ、米国で経営を学び、帰国。妻と事業で大成功を収めた著者に起こったこととは。内側から見た中国の実態をつづる。

 あまりの嫌悪感に気分が悪くなった。本書に描かれた中国の「赤い貴族」(共産党高官など特権階級)と彼らを取り巻く人々の欲望、裏切り、陰湿な権力闘争そして超がつく贅沢(ぜいたく)な生活に、である。

 著者デズモンドは1968年、上海に生まれた。かつて資産家だった実家は中国共産党政権下では社会の最下層階級「黒五類」とされた。家は貧しく、共産党への怒りを彼にぶつける父の暴力に耐えながら育った。文化大革命の後、家族は香港に移る。父母は懸命に働き、彼は米国の大学に進学する。

 彼の妻となるホイットニーも山東省の貧しい家の出身だが、猛勉強し、南京理工大学をトップで卒業。共産党員となり、党との「関係(グワンシ)」を築きながらビジネスの世界に進み、投資会社の代表となる。

 野心家の夫婦は北京空港関連の不動産開発事業で大成功を収める。ホイットニーは「張おばさん」こと、後に首相となる温家宝の妻、張培莉に実の娘以上にかわいがられ、張との「関係」を深めていく。夫婦は高官らにも土地やカネを分け与える。

 そしてバブルが到来する。所有していた平安保険株上場で3億ドル(約450億円)の利益を得たのだ。彼らの生活はすさまじく贅沢になり、高価なワイン、車、宝石を買いまくる。周りに集う官僚もビジネスの成功者たちも、カネの使い方が半端じゃない。夕食のワインだけでも10万ドルだ。彼らは秘密クラブに集まり、夜な夜な儲(もう)け話に明け暮れる。周永康、令計画、薄熙来など失脚した高官たちの秘話も豊富に語られる。権力闘争のすさまじさ、陰湿さは筆舌に尽くしがたい。特に習近平による共に「赤い貴族」でライバルだった薄熙来追い落としは興味深い。

 やがてバブルの終わりが来る。温家宝一家の不正蓄財スキャンダルが報じられ、デズモンドは、ホイットニーに海外に資産を移し、共産党との「関係」を築くビジネスをやめようと言うが、彼女は聞かず、結局二人は離婚する。そして2017年、彼女は消えた。彼女が「関係」を結んだ誰も、彼女を探そうとしない。

 心底恐ろしいと思ったのは、本書が出版される3日前に、ホイットニーから出版を思いとどまってほしいと電話があったことだ。しかし、電話だけでいまだに所在は不明である。デズモンドは怒りを込めて言う。中国共産党の「主な目的は、革命家たちの息子や娘の利益に奉仕することだ。最大の受益者は彼らであり、彼らこそが、経済的・政治的権力の中心にいるのである」。中国は「赤い貴族」たちの国であり、起業家たちはどんなに成功しようとも使い捨ての道具にすぎないのか。

Writer
作家
江上 剛

銀行在職時に『非情銀行』で作家デビュー。ビジネスの現場や経営者を描いた作品で人気を集める。近著は財閥解体を題材にした『創世の日』。(写真=北山 宏一)

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2640円(税込) 日本経済新聞出版

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日経ビジネス2022年11月28日号 78ページより目次

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